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第14話 受難、様々

 思いもよらない事実を知った、その翌日。無明は静かに目を閉じて物思いにふけっていた。


(よもや、ロイド殿が二人の叔父であったとは。言われてみれば目元などはよく似ている気がするでござるな。そのような事にすぐ気付けないとは、拙者もまだまだ修行が足りぬな)


 無明が今いるのは、ジークリンデの仕事部屋……の外。窓の脇の外壁にへばりついた状態だ。


 ロイド曰く、伯爵邸内の使用人の中に裏切り者がいるらしいが、それを見つけるのはそう簡単な事ではない。使用人達の直接の主は外出しているという当主なのだ。いくらロイドが当主の弟……つまり身内であっても、証拠もなしに使用人達を疑って裁く事は許されない。極端な話を言えば、それらはロイドという当主の弟によるライトニング家の簒奪行為につながりかねないからだ。


 立場的には、ジークリンデやエスメラルダが使用人達を裁く方が正しいのだが、ロイドは彼女達にこの話を伝える事をよしとしなかった。ジークリンデはともかく、エスメラルダはまだたった十二歳の少女だからだというから、無明は流石に驚いてしまった。実際、どこか少女のようだと思っていたが、エスメラルダの見た目はどう見ても十六~十七歳ほどの娘である。無明の常識から言えば十六を過ぎれば立派な大人のはずだ。だが、蓋を開ければ十二歳だと聞かされればまだまだ幼気な子供である。確かに、そんな少女に身内を疑えというのは酷だろう。


 一方、ジークリンデの方は薄々勘付いているようだが、彼女は彼女で少々直情傾向にある。ロイドから裏切り者がいると話を聞けば、片っ端から使用人達を問い詰めるような事をしかねない。それでは、敵に警戒されるのがオチだ。結局、二人にはまだ黙っておいて、影から護衛をするというのがロイドと無明の出した結論であった。


 なお、ジークリンデは出かけている父に代わって書類仕事を手伝っている。彼女の傍らにはセバスがいて、まるで女主人のように堂に入った雰囲気だ。そんな彼女に気取られないよう、無明は隠れ身の術を使いながら窓の外で中の様子を窺っていた。


(ふむ。今の所、ジークリンデ殿は問題なさそうでござるな。どれ、エスメラルダ殿の方は……)


 無明はおもむろに少し離れた逆側の窓へと移動する。そこでは、エスメラルダが一人で机に向かって勉強をしている姿があった。そう、二人はちょうど隣り合わせの部屋でそれぞれ勉強と仕事をしているのだ。無明にとっては実に都合がいい配置だったが、壁に張り付いたまま、信じられないほど滑らかな横移動をする姿は傍から見るとかなり不気味だ。隠れ身の術を使っているので誰からも見える事が無いとはいえ、物音一つ立てずに移動するのは途轍もない隠形技術である。だがもしも万が一、この姿をジークリンデに見られたら、彼女は油虫でも見たかのような反応をしそうである。


 そのまましばらく二人の様子を交互に見ていると、やがて片方に動きがあった。



「ん、んー……!ふぅ、これで今日の分は終わりかな?セバス」


「はい。旦那様でなければ決裁出来ないものを除けば、これで終わりでございます。しかし、ジークリンデお嬢様は本当に仕事が早うございますな。立派に成長なされて、セバスは嬉しく思います」


「止めてくれ、そんなに褒められると気味が悪い。……まぁ、貴族の娘が冒険者として活動したいなんて、お父様にはずいぶん我儘を聞いてもらったからな。恩返しをしなくてはいけないだろう。そういう意味では、ロイドにも世話になったが」


「ロイド様と言えば、昨日、無明様の元へお見えになったようですぞ。冒険者登録の認定についてのお話だったようですが」


「ああ、それは無明君から聞いているよ。だが、まさか彼がBランクとは…………私より低いランクになるとは思ってもみなかったな。彼の実力はどう見ても、私より上だと思うんだが」


「お嬢様よりも……?僭越ながら、無明様はそれほどのお方でしょうか?確かに凄まじい力の持ち主だとは思いますが、お嬢様はSSランクの……」


「いや、私の場合は、スキルの底上げがあってこそだからな。基本的な身体能力を含めて比較すれば、どちらが強いかは一目瞭然だよ。純粋な剣の勝負なら、簡単に負ける気はしないがね」


 そう言って、ジークリンデは少しニヒルな笑みを浮かべてみせた。そう言えば、エスメラルダのスキルは『予感』だと聞いたが、ジークリンデのスキルは聞いた事がない。今の口振りからすると、かなり自信があるようだ。無明はそんなジークリンデの様子に興味が湧いたようだった。


(ほう。どうやら、ジークリンデ殿は剣の腕にかなりの自信があるようでござるな。拙者の剣は十兵衛様から習った柳生の技だが、異世界とやらでも通用するかは気になる所でござるなぁ)


 忍びである無明にとって、剣の腕比べはそこまで重要なことではないが、師匠である十兵衛は違った。彼は侍として、誰が強いか?戦えばどちらが上か?と常にそれを考えて行動する男だったからだ。そんな十兵衛を思い出し、無明は十兵衛の代わりに、柳生の技を試してみたくなっているようだった。


「さて、ではそろそろ、あの問題児の所へ顔を出しに行くとするか。彼は放って置くと、何をしでかすか解ったものじゃないからな」


「今日は自室に篭っておられるようです。あのリジェレという魔族の少女も大人しくしておるようですぞ。……困ったものですが」


「そうだ、それがあった……!お父様が帰ってきたらどう説明すれば。そう言えば、お父様から連絡は?」


「……ありません。旦那様の事ですから心配は要らないかと思いますが」


「しかし、もう十日以上経つぞ?いい加減、連絡を寄越すか本人が帰って来てもよさそうなものだが……入り込んだという賊は、そんなに数が多かったのか?」


「私共の元に入っている情報では、そう多くはないはずです。きっと、どこかで人助けでもしておいでなのでは?」


「そうならいいがな。近く、ロイドに相談してみるとしよう。……何か、嫌な予感がする」


(ふむ、お二人の御父上か。確かに気になるでござるな。……っと、いかん、部屋に戻らねば。ん?)


 喋りながら部屋を出て行くジークリンデの後ろ姿を確認した後、無明が部屋に戻ろうとした時、何かとバッチリ目が合った。それは、チャロというカラフルな小鳥である。チャロはホバリングをするかのようにして、無明の目の前でパタパタと高速で翼をはためかせている。


「鳥?一体何をして……あだだだっ!?」


 無明が怪訝な顔をしてチャロを覗き込もうとすると、チャロはおもむろに無明の頭を狙ってついばみ始めた。チャロはこの世界でも珍しい、魔力を食料として摂取する鳥だ。もちろん、基本的には虫や木の実などを取って食べるのだが、生存戦略として常に高所を飛び続けて生活をするという鳥なので、常に食料に在りつけるとは限らない。その為、補助的な栄養源として、手近な生物の魔力を啄んで吸うのである。

 そうした性質を持っているせいか、チャロは他の生き物よりも、深くかつ明確に魔力を視る事が出来る能力を持っていた。光学迷彩にも匹敵する無明の隠れ身の術をもってしても、魔力を隠す事は想定していないのでチャロには無明の姿が丸見えだったのだ。


「や、止めるでござるよ!?いててててっ!な、何なのでござるかコイツは!?」


 無明の制止も空しく、チャロは無心でその頭を啄んでいる。その攻撃は、無明が部屋に戻った後も続くのだった。

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