イオ一味による襲撃事件から数日後。屋敷の中は上を下にの大騒ぎが続いている。何しろ、三年も前から執事長を任されていたセバスがイオのスパイだったせいで、彼がいなくなったことによる仕事の引継ぎが全くできていなかったのだ。
あの後、イオ達は通報を聞いて駆け付けた憲兵隊によって捕まり、裁判を受けることとなった。彼らの身柄は現在、王都へ移送中である。
こうなってくると、セバスの抜けた穴は極めて大きい。ああ見えて、セバスは執事長として非常に優秀で、ライトニング家の様々な雑務を一手に引き受けていたからだ。特に、屋敷に住む者達全てが食べる食材の管理や、日用品の管理、そして各自に割り振る仕事の選別などは彼の専門だった。搬入する業者の選定から購入すべき物品の値段交渉、更には品質のチェックも含めて、およそ執事の仕事とは思えないものまでこなしていたのである。
しかも、二週間近く賊に捕まっていたアレックスは体力の消耗が激しく、とてもすぐに公務に復帰できる状態ではなかったことも災いした。なお、医者の見立てでは、トドメを刺したのは無明によってとんでもない速度で移動させられた事によるダメージらしいのだが、そこはジークリンデとエスメラルダの手でなかったことにされた。
そんな訳で、執事長の後任を探すのはまだまだ先になりそうだった。
「それにしても何と言うか、締まらない結末でござったなぁ。拙者は別に無益な戦いを好んでおるツモリはないのでござるが、ああも拍子抜けする終わり方ではなんとも……」
「あはは、誰も怪我人がいなかっただけよかったですよ。でも、凄いですよね、リジェレちゃん。あんな騒ぎの中でも気付かずに、無明さんの部屋で寝ていたんですから」
「あやつは肝が小さいのか大きいのかよく解らんでござるな。まぁ、大物になる予感はするでござるが」
「ピッ」
そして、無明はハヤメを肩に乗せ、エスメラルダと共に事の顛末をロイドへ報告に行く途中である。今はセバスが抜けた事に加えて、動けないアレックスの代わりにジークリンデが奔走している状態だ。話をしにいくだけの余裕もないので、ロイドと面識があり暇をしている無明に白羽の矢が立ったのだった。なお、リジェレは人間の街が怖いというので留守番中である。
「そう言えば、無明さん。私、気になってたんですけど。お父様を監禁していた盗賊達はどうしたんですか?凄くたくさんいたんだって、お父様が言ってましたけど」
「ああ、それはもちろん一人残らず
「無明さん、速いですもんねー……」
エスメラルダは苦笑いしながら、敵対したという盗賊達を哀れに思い、心の中で手を合わせていた。以前から思っていたことだが、無明の常識はずれな能力は本当に桁が違うのだ。なので、無明自身はこう言っていても、実際に集められた魔法使い達は本当に実力者だったのだろう。そう考えると本当に彼らが可哀想に思えてきたのだった。
(お父様を監禁してた人達を憐れむなんておかしいかもしれないけど、無明さんを相手にしたんじゃ可哀想に思えちゃうよね)
そんな話をしている内に、いつの間にか二人は冒険者ギルドの前に辿り着いていた。すると、ちょうどギルドの前に固まっている集団がいて、その内の一人がこちらに気付いて手を上げて声を掛けてきた。
「やぁ、無明」
「む。お主は……いん、いんふぃにて……何某の
「……インフィニティ・レゾナンスのアルトだ。そんなに覚えにくいか?俺達の名前は」
「いやぁ、どうも拙者は横文字が苦手で……」
「横文字……?」
「あの、それよりも皆さんこんな所でどうしたんですか?」
「ん?君は確か、あの時の……いや、俺達はこれから次の依頼をこなしに行く所だったんだよ。Bランク冒険者として期待をかけられているしな。これも全部、無明のお陰なんだ」
「いや、それは違うでござるぞ、アルト殿。お主らが認められたのは、お主ら自身の実力と働きによるものに他ならぬ。自信を持つでござる」
「無明……!ありがとう。それと、あの時は無礼をして本当にすまなかった。俺達は幼馴染だけで集まってパーティを組んでいたせいもあって、他人を受け入れる余裕がなかったんだ。だが、こうやって冒険者として活動してみると、そんな狭い考えではやっていけないんだという事がよく解った。リーダーとして、改めて謝罪させてくれ、申し訳なかった」
「アルト殿、気にせずともよい。若者とは時に無茶や過ちを犯すものでござる。拙者は気にしておらぬ故な。これからも同じ冒険者として、共に励んで行こうではないか」
「ああ!」
(無明さんて、時々もの凄くお年寄りみたいなことを言うのなんでだろう?そんなにお年寄りではないと思うんだけど……)
がっしりと手を組み、まるで長年苦楽を共にした友人のような二人を前に、エスメラルダは内心で首を傾げていた。今のはどう聞いても、親世代が子供に言い含めるような年長者の物言いである。そんな疑問を抱きつつ、エスメラルダはアルトに問いかけた。
「あの、それで皆さんはこれからどちらに?」
「何でもガロックという村でオークやコボルトが暴れているらしくてね。それを討伐に行く予定なんだ。おっと、急がなくては……それじゃあ二人共、また会おう!」
「ああ、お主らも息災でな」
「良かったですね。無明さんにお友達が出来て、私も嬉しいです」
「友と呼んでいいのかは解らぬでござるがな。……ん?ちょっと待つでござる、それはどういう」
「さ、中に入りましょう!ここにいると邪魔になっちゃいますよ」
「エスメラルダ殿が拙者をなんだと思っておるのか、今一度じっくり話を聞かせて貰いたい所でござるな……うーむ」
エスメラルダの態度に何か腑に落ちないものを感じながらも、無明は大人しくその後をついていった。冒険者ギルドに来るのは試練の時以来だが、相変わらず、ギルドの中はたくさんの冒険者達で混雑していて活気に満ち溢れていた。中には既に一仕事を終えて報告に来たのか、まだ日も高い時間だというのに疲れ果てているものもいて、彼らと同様に様々な仕事があるのだと表しているようだ。無明は、そんな彼らの人生が感じられるギルドという場所に親しみさえ覚えていた。
「しかし、いつ来てもこの冒険者ギルドというのは活気があってよいでござるな。口入屋が人足を集めるのに似ておるが、あれと違って皆良い顔をしておる。あれは日雇いの者や破落戸も多くて、殺伐としていたでござるからなぁ」
「無明さんのいた世界には、ギルドが無かったんですよね?そういう文化の違いって、面白いです」
そう言って、エスメラルダは瞳を輝かせていた。姉のジークリンデが脳筋気味なのに対し、その妹であるエスメラルダは知識欲が強いようだ。普段から一人で黙々と勉強するだけでは飽き足らず、その合間に無明のいた日本についても熱心に話を聞き、その文化や考え方などを学んでいる。それに気付いたのは、無明が彼女達を守る為に観察していたからなのだが、正直に言って心配になるレベルであった。彼女は彼女で、貪欲に知識を取り込もうとする好奇心の鬼なのかもしれない。