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第25話 驚愕、農耕忍法帖 後編

 三人の無明達は大岩を囲むように立つと、静かに忍者刀を抜いた。そして、呼吸を合わせて一糸乱れぬ動きで刃を振るい、まるで豆腐のように大岩を切り取っていく。三方向から切られた大岩は、元が人の背丈を大きく超えるものだったとは思えない速さで形を変えていった。切り取られた岩の欠片は、一つ一つが大体人間の頭ほどの大きさである。確かにあれなら、楽に持ち運びが出来そうだ。


「……………………」


 それを遠くから眺めている三人は、まさに狐につままれたような思いであんぐりと大口を開けていた。呆然、という言葉がこれほど似合う状況も他にないだろう。特にエスメラルダは貴族の婦女子としてあるまじき表情をしている。彼女の肩の上に停まっているハヤメが頬を軽くつつくと、ハッと我に返ったようで表情は戻ったが、もはや常軌を逸している無明の動きに引いているのは変わっていないようだ。


「そろそろいいでござるかな?」


「うむ、上出来でござろう」


「この切った岩はどうするでござる?」


「森に捨ててしまえばいいのでは?」


「しかし、この量を棄てるとなると、いささか問題がありそうでござるぞ」


「……何かに使えるかもしれんし、ひとまず畑の外に避けておくか」


「そうしよう」


「そうでござるな」


「そうと決まれば……よっと!手際よくやらねばな」


 これが同じ姿形をした人間の会話でなければ問題ないのだが、三人の無明が喋っているのは滑稽である。エッホエッホと掛け声を合わせ、切った岩の欠片を運んでいく様子はシュール過ぎる絵面だった。どうも三人になってから、彼らの考えが若干大雑把になっているようなのだが、誰もそれには気付いていないようだ。実はこれこそ、分身の術の弱点である。

 分身の術とは、九字護身法を唱え、戦と武士もののふの神と崇められた摩利支天の威光を浴びてその身を分ける技である。忍び、俗に忍者と呼ばれる者達も、また侍と同じ武士もののふだ。特に本来、影と闇に生きる忍び達こそ、摩利支天を尊びその加護を無上のものとして来たと過言ではない。その力で作られた分身は本人と全く同じ能力を持っているが、それらへ意識を分割しているせいか、作った分身の数に応じて思考能力が低下してしまうのである。先程から一々無明同士で相談しているのも、そのままでは拡散してまとまらなくなる考えをまとめる為にやっているのだ。尚、忍術の天才と呼ばれた無明の祖父、才蔵は、ライバルである猿飛佐助との忍術比べに於いて一度に百人もの分身を作って暴れたというとんでもない能力の持ち主であった。



「あ、あの大岩がああも簡単に……儂ゃ夢でも見とるんか?」


「あっという間に片付いちゃいましたね。次はどうするつもりなんでしょう?」


「もう俺はあいつが何をしても驚かんよ。その内、空でも飛ぶんじゃないか?」


「まさかぁ!いくら無明さんでも空を飛んだりは…………しませんよね?」


「しないと思うか?」


「…………するかもしれないです」


「何の話でござるか?」


「わきゃぁっ!?」


 突然背後から声を掛けられたエスメラルダが文字通り飛び上がる。振り向くといつの間にか、三人の無明の内の一人が立っていた。別にやましい話をしていた訳ではないのだが、急に本人が出てくると焦るものだ。エスメラルダは後ろめたい気持ちを隠しつつしどろもどろになりながら答えた。


「い、いえ別に大した話じゃあ……!それより、どうしたんですか?もう今日の作業は終わりにしますか?」


「いや、このまま続けるでござるよ。あまり長引かせたくないのでな。さっきも言ったが、ちと荒っぽい仕事になるのでお三方には離れてもらおうかと思ったのだ。ほれ、もっと後ろへ」


「え?え?あ、はい」


 そうしてやや強引にエスメラルダ達を遠ざけると、無明達は三人並んで畑の端に立った。そして、右から順番に気合と共に声を上げ、高速で手刀を放つ。


「いくでござる!風遁ふうとん・忍法かまいたち!でやぁぁぁぁっ!」


「同じく、風遁・忍法風返し!」


「そして、土遁どとん・忍法うねり土竜もぐら!はぁっ!」


 忍法かまいたちは、高速で振り放つ手刀により、その名に足る真空の刃を生み出して敵を斬る忍術だ。特にスピードと身体能力に優れた無明が放つかまいたちは、一瞬にして畑の反対側まで到達し、その間に生えていた雑草を切り裂き、小石を綺麗に弾き飛ばしていった。

 その後を追うように真ん中の無明が使った風返しは、気流を操り風の流れをもコントロールする忍術である。これによって切り取られた雑草を一箇所に拾い集めていく。

 そして、最後に一番左の無明が繰り出したのは、土遁と呼ばれる土を操る忍術である。うねり土竜は土遁の中でも特に荒々しい技であり、術者自らが地中に潜り込んで移動する。本来はそのまま敵を地中に引きずり込むのだが、今回は地中を進んで中から土を耕すという荒業に仕立てているようだった。


「きゃあっ!か、風がっ!?」


「いかんっ!エスメラルダ!俺の後ろに下がれ!サムロ爺さんも屈め、危ないぞ!」


「うおおお…!なんと、なんというやつじゃ。地面の中に潜るなんぞ聞いた事がないわい……!」


 まさしく三位一体となった無明の忍術により、休耕田というよりも荒れ地そのものだった畑が見る間に整地されて蘇っていく。長く一族で農家を生業にしてきたサムロ老は、目の前で繰り広げられる脅威の技の数々に圧倒され、目を奪われた。当初は無明を使えそうもない男としか見ていなかった彼だが、これだけの能力があればどれほど作業が楽になるかと考えが変わりつつあるらしい。無能から怪物扱いとなり、最後は有能とジェットコースターもビックリな評価の変化っぷりである。


 こうして、サムロ老曰く一ヵ月ほどの期限を考えていたはずの畑の復活は、僅か十分少々で作業を終えた。改めて無明のとんでもない力を目にしたエスメラルダとロイドは、もう笑う事しかできないようだ。

 全ての工程が終わった後、三人の無明が一列に並んだかと思えばまるで何事もなかったかのようにと一つになる。そして、大きく息を吐き、見守っていたエスメラルダ達の下へ歩いてきた。


「どうでござるかな?サムロ殿。この通り、しっかり再生出来たと思うが、如何いかがか」


「いや……いやいやいやいや、予想以上じゃ!お主、大したヤツじゃのう!正直、バケモノか何かかと思ったがとんでもない!お主は農の神にもなれる男じゃぞ!よーし、やる気が出てきた!こりゃあ儂も負けてられんわい。こうしちゃおれん、一家総出で種まきじゃ!ちょっと家のモンを集めてくるぞい。おーい!婆さーん!今夜はハッスルじゃぞーーーーッ!」


「あはは……やっぱり無明さんは凄いですね」


「サムロ爺さんも大概だがな。それにしてもコイツは目立つなと言う方が無理だぞ。王家にバレたら大変なことになるだろう。無明一人で色々な常識が変わってしまいそうだ」


「拙者、また何かしでかしてしまい申したか?……っと」


 その時、あっけらかんとした態度でそう呟く無明の腹の虫が豪快に鳴り、急に力が抜けてその場へ座り込んでしまった。分身の術の最大の弱点は、分身する数に比例して異常なほど体力を消耗する点にある。つまり、この術を使うと尋常でなく腹が減るのだ。こればかりは、どれほどの鍛錬や修行をしてもどうにもならない欠点であった。


「す、凄いお腹の音ですね。何か、食べて帰りましょうか?」


「うぅむ……これはみっともない所を、不甲斐無し……!」


「そんなの気にすることじゃないですよ。無明さんだってお腹も空くし、力も抜けちゃうんだって解って何だかホッとしました」


「それはまぁ、確かにそうでござるが」


「しかし、この辺には店なんかないぞ。馬車を飛ばして急いで街まで帰るしかないな」


「二人共、すまぬ。とんだ迷惑をかけてしまうでござる」


「気にしないで下さいって!じゃあ、急いで帰りましょう。あー、良かった。無明さんも人間ですもんね。空なんか飛べませんよね」


「空を?いや、ムササビの術という忍法があるでござるが……」


「えっ!?飛べるんですか?!」


「やっぱお前何でもアリだな……」


 かくして、無明の卓越した忍術により復活した畑を前に奮起したサムロ老人は、この後、世界に名立たる新たな芋の品種『黄金芋』を生み出す事になるのだが……それはまた別の話である。

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