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第26話 スキルのアレコレ

「ほう、もう種まきが終わったのでござるか?いやはや、流石本職は違うでござるなぁ」


 無明は感嘆の声を上げて顎を撫でている。今日の無明はいつもの忍装束ではなく、適当に通りがかった人間の姿を模倣し、変装した姿だ。以前のように一人の人間を真似てしまうと、その人物の知人などに出会った際に困るので、過去に模倣してきた人間の特徴を複数織り交ぜて作った姿である。なので、これが無明の本来の姿なのでは?と誤解したくなる出来栄えだった。


「サムロ氏は代々家族のほとんどが農業に関するスキルを獲得している家系らしくてね。しかも、その息子さんや娘さんなど複数の家族が一丸となって勤しんでいるものだから、仕事も結果が出るのも速いんだ。うちの領内で農業に関することをやらせたら、右に出る者はいないと言われているくらいだよ」


「流石は黄金畑のサムロさんですね。いくら農業系のスキルでも、親子や兄弟でそれにまつわる系統のスキルを得るって珍しいみたいなのに。凄いなぁ」


 無明の両脇に並んで歩いているのは、ジークリンデとエスメラルダの二人である。未だ本調子でない彼女らの父アレックスに代わって、普段は屋敷の中で忙しく働くジークリンデだが、今日ばかりは彼女が一緒でなければならない理由がある。その為に、三人で行動しているのだ。


「ふむ。確かに、ジークリンデ殿のスキルは剣神で、エスメラルダ殿のスキルは予感でござるものな。それが一家でスキルも似通っていて、かつ家族が一つ同じ方向を向いているとなれば強いのは然りと言った所か。いやはや、あやかりたいものでござるな」


「無明さんだって、何かスキルを持っているかもしれませんよ?あの時は文字化けしちゃって読めませんでしたけど」


「あれば嬉しいでござるが、転生者というのはスキルを持っておらぬのでは?」


「いや、あれから色々調べてみたが、スキルを持っていない場合がある、というだけで必ずしもスキルがないとは限らないらしい。何しろ転生者はそう数が多い訳じゃないからな、情報が色々と錯綜しているよ。まぁ、新しい女神の瞳があれば、もう少し詳しく解るだろう」


「でも、良かったんですか?せっかく頂いたサムロさんからの報酬を全部使っちゃうなんて……お姉様もお父様も、もう少し後でいいと仰っていたのに」


「女神の瞳とやらは、人を雇う時にも必要なのでござろう?ならば、早い内に買い直した方がいいでござるよ。セバス殿の代わりを一刻も早く雇わねばならぬようでござるしな」


 そう言って、無明は頭を掻いて空を見上げていた。無明の素性を調べる為に使い、壊れてしまった女神の瞳だったが、今回サムロ老から貰った報酬で買い直す事にしたらしい。何しろサムロ老人の依頼は、数十人分の冒険者を雇うことだったのだから、それを全て無明が受け取るとなればその金額はかなりのものである。決して安くない女神の瞳といえど、手が届かない金額ではなかったのだ。


 ここで問題だったのは、女神の瞳が、一般人には買えない代物だったことだろう。


 女神の瞳はその性質上、恐ろしい程に個人情報を露呈させるものである。その為、それを手に出来るのは一部の貴族や、職業的に必要となる者のみに絞られていた。女神の瞳を作っているのは、国教である女神教ガディースの上級司祭で、彼らが認めた相手にしか女神の瞳は販売してくれないのである。だからこそ、忙しい合間を縫って、ジークリンデが一緒に行動しているのだ。


「どの道、我が家にあった女神の瞳は祖父の代に買った古いものだったからな。壊れてしまったのは無明の責任だけじゃないんだ、全額出さなくてもいいのに……君はどうしてそう頑固なんだか」


「頑固さで言えば、ジークリンデ殿には負けるでござるよ。まぁ、拙者だけでなくリジェレやハヤメを背負い込んでしまった負い目もあるのでな。その辺の借りもまとめておいてくれれば結構でござる」


 こうなると二人共テコでも自分の意見を曲げない性格だというのは、これまでの付き合いでエスメラルダにもよく解っていた。やはり、どこかで似た者同士な二人なのだ。だからこそ、二人の関係が進んでくれないかなと密かに思っているのだが、そう簡単にはいかないらしい。ただ、ジークリンデの方には恋心を自覚したからか、少しだけ無明に近づく気持ちが表れていた。今までは君付けで呼んでいた所を、無明と呼び捨てにしだしたのがまさにそれだ。無明自身は特にそれに関して思う所もないようで、呼び方が変わったことにコメントはなかった。とはいえ、今まで全くこれっぽっちも男の影がなかったジークリンデに、想いを寄せる相手が出来たのだ。それだけでも、妹としては嬉しい変化である。


(無明さんがもう少し、お姉様に目を向けて下さるといいのだけれど……無明さんって、恋愛とか興味なさそう)


「ん?エスメラルダ殿、拙者の顔に何かついているでござるか?」


「いえ、そういう訳じゃあ……っていうか、その顔だってホントじゃないじゃないですか、もう」


 いくら大人びていると言っても、まだ若干十二歳の子供にまでそう思われているとは無明自身、思いもよらないようである。無明はエスメラルダの様子については深く考えず、また顎を撫でながら何かを考え始めてしまった。


「しかし、農業系のスキルでござるか……なるほどなるほど」


「おや?無明は農業に興味があるのかな?」


「いや、百姓そのものに興味がある訳ではござらんよ。ただ、そうしたスキルというものがあるなら、拙者が欲しい薬草なども作ってもらえんかなと思ったまでで」


「欲しい薬草?」


「うむ。エスメラルダ殿から色々な植物の図鑑などを見せてもらった所、どうやらいくつかの草や花、それに木の実などは、名前こそ違うが拙者のいた日ノ本の物と同じようなものがあるようだ。しかし、一部の薬草などは存在そのものがないらしくてな。もしもその農業スキルというもので、思ったように草花が育てられるのなら、作ってもらうのも良いかと思ったのでござるよ」


「なるほどな。確かにそれが出来るなら、頼んでみる価値はあるかもしれない。でも、薬草なんて何に使うんだ?」


「ジークリンデ殿にも飲ませた薬師釈尊丸をな、いざという時のために持っておきたいのでござるよ。ただ、あれを作るのに必要な薬草が無くてなぁ」


「絶対に止めろっ!あんなもの二度と飲みたくない!うぅ……思い出しただけで気分が…」


「お姉様……」


 ジークリンデの脳裏と口の中に、釈尊丸を飲んだ時の思い出が蘇る。彼女にとって、あれはまさしく地獄のような体験であった。万が一あの薬の世話になるような状態に陥ったら、正直、耐えられる自信がなかった。もっとも、もしそんな状況に追い込まれるような事があったとして、飲みたくないなどと言っている余裕はないのだろうが。


「しかし、確かに味は悪いが効果は抜群でござるからして。何と言っても死ぬよりはマシでござろう」


「それは……そうかもしれないが、しかしな…」


「そのお薬を作るのに、別の植物では代用出来ないんですか?」


「うーむ。厳密に言うと出来ない事もないのでござるが」


「出来るなら別にいらないじゃないか。ないものねだりをしても仕方ないぞ」


「まぁ、確かに。ただ、別のもので代用するとちと問題が発生するのでござる」


「問題?」


「ああ、平たく言うと味が悪くなるのでござるよ。ジークリンデ殿が飲んだ時に感じた臭いと味が約三倍くらい酷くなるのでござる。まぁ、それでも死ぬよりはマシでござろうて」


「死んだ方がマシだろう、それは!?ダメだ、ダメだ!そんな代用品は認めないぞっ!」


 ジークリンデのトラウマを刺激してしまったのか、もはや毒劇物のような扱いである。まさに怒髪天を衝く有り様で憤怒し、否定するジークリンデを宥めながら、三人は教会へと入っていく。この後、無明の力を以てしても簡単には解決できない難問にぶつかるとは、誰も予想だにしていなかった。

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