「はぁ……一体、どういうことなんだ?」
「その、メイド長というか執事長というか、とにかくセバスがいなくなった穴を何とか埋めたくて、確かに募集はかけていたんだが……まさかあんな」
ロイドとジークリンデは応接室で顔を突き合わせて悩んでいた。ロスヴァイセの思いもよらぬ来訪にも驚いたが、何より驚いたのはその外見である。どうやら、ロスヴァイセはサベージ・アントを撃退した後、その足でワルキュリアに向かい仕事探しをしていたらしい。しかし、戦闘によりサベージ・アントの体液を浴びたままの恰好であちこち出向いても仕事など決まるはずもなく、適当に野宿で一晩を明かし、今日になってライトニング家でメイドを探していると聞きつけてやってきたという。
余りにも破天荒な行動っぷりに開いた口が塞がらない二人だったが、とにかくその汚れた格好のままで家に入られるのは困ると、今はエスメラルダが彼女を風呂へ案内した所だ。
ロイドがまだ残っているのは、ジークリンデをサポートする目的だけではなく、ロスヴァイセがサベージ・アントの群れを倒したという話を詳しく聞く為でもあった。
(サベージ・アントの群れを単独で撃破するほどの腕前が事実なら、確実にAランク以上の実力があるはずだ。となると、流石に放っておく訳にもいかんからな)
本来、Aランク以上の力を持つ人間は早々いないとされている。Aランク冒険者とは、類い稀な才能を持った人間が多くの経験を積み、実戦を潜り抜けてようやく到達するものだからだ。剣神というスキルの影響があるジークリンデが特別なだけで、ロイドが引退までにSランク冒険者としての実力と地位にまで昇りつめたのも、二十年近くの年月を頼れる仲間と共に死闘を繰り広げた経験と実績があったからに他ならない。もしもロイドがずっと独りで冒険者家業を続けていたなら、Aランク冒険者になれたかも怪しいと彼自身は思っている。それほどに、Aランク以上という評価には重みがあるのだ。
コンコンとドアをノックする音がして、二人は顔を上げた。
「お姉様、ロスヴァイセさんをお連れしました」
「ああ、ありがとうエスメラルダ。入ってくれ」
「はい、失礼します」
そうしてエスメラルダに連れられて入って来たロスヴァイセの姿を見て、ロイドもジークリンデさえも言葉を失った。先程も血と体液で汚れ切った姿からは想像もつかないほど、湯上りのロスヴァイセは美しかったからだ。肩までで整えられた赤い髪と、切れ長の瞳。そして、文字通り透き通るような白い肌……しかも、その身体はしっかりと鍛えられていて、ジークリンデの貸したスポーティな装いが良く似合っている。絵画から浮き出してきたかのような美人さであった。
「ありがとうございます。まさか、服をお貸し頂くだけでなく湯浴みまでさせて頂けるとは思ってもみませんでした。流石は伯爵様の一族、恐れ入ります」
「あ、ああ……いや、流石にあの恰好で屋敷の中をウロウロさせる訳にはいかなかったしな。ええと、ロスヴァイセさん、だったか。改めて、お話を聞かせてもらおうか」
「はい、何なりと。私の話でよろしければ、身長体重スリーサイズ、後は……戦歴まで全てお話させて頂きます」
「ぶっ……!」
「ロイド、何を想像してるんだ?まったく」
「なっ!?何も想像などしてないぞ!身長だの体重だの、そんな事は聞かないから答えなくていい!それよりロスヴァイセくん、君は一体何者なんだ?単刀直入に聞くが、この街の近くでサベージ・アントの群れをやったのは君なのか?」
「はい、私がやりました。同僚の乗った馬車を襲われそうになったものですから、止むを得ず応戦したのですが、マズかったでしょうか?」
「まずいというかだな……普通はそんな事が出来る奴はいないんだよ」
「そうだったのですか。私は傭兵団で生まれ育ったものですから、世間の事はよく解らないのです。申し訳ございません。ですが、あの程度なら万全の状態であれば我が団員なら誰でもやってのけてみせますよ」
「う、うーん。にわかには信じ難いが、実際にやってのけた君が言うと説得力が違うな」
「待てよ?傭兵団で育った……もしかして『暁の戦乙女』か?!」
「はい、その名で呼ばれております」
「ロイド、知っているのか?暁の……」
「暁の戦乙女というのはな、ここ二十年くらいの間で頭角を現した女傭兵の集団のことだ。全員がとんでもない腕前の持ち主で誰もが羨望の眼差しで見つめるほどの美貌を兼ね備えていると聞く。しかも、彼女達が加勢した側は確実に勝利するんだそうだ。そこから
「伯爵様にまでお見知り置き下さっているとは、助かります。私はあまり喋るのが得意ではありませんので、説明が苦手ですから」
「勘違いしているようだが、彼は伯爵……父ではない。父は今病床に臥せっていて、娘の私が代行を任されているんだ。彼は叔父だよ」
「まあ、そうでしたか。それは失礼いたしました。では、お話は貴女様に致します」
そう言って、ロスヴァイセは微妙に座る位置と身体の向きを変えてジークリンデに正対した。何とも現金な態度だが、悪気がない事は伝わってくるので、それ以上何か言う事もない。渋面をするロイドを無視して、更にジークリンデは話を続けた。
「その暁の戦乙女の君が、どうしてあんな馬車に?この街に何か用事でもあったのか?」
「はい。実は、お恥ずかしながら先日の戦で、私達は初めて敗北の味を知る事になりました。まぁ雇ってきたマウラー王国の将軍が、私達を囮にして敵の主力もろとも魔法で吹き飛ばそうとしたせいだったのですが……裏切りとはいえ、敗けは敗けです。幸い死者は出ていませんし、将軍にはきっちりお礼参りを済ませておきましたから心配いりません。それに兼ねてから、私達を率いる団長は言っていたのです。戦乙女などと言われても、いつか負ける時は必ずくる。そして、もしもその時が来たら、今度は皆で戦ではない生きる道を探そうと」
「まあ……!」
「それは立派な事だが、なら、どうして君は一人でうろついているんだ?仲間を放っておいてよかったのか?」
「私だけが無事だったからです。仲間達はしばらく身動きが取れそうにありませんでしたし、人数も多いので先行して働き口を探しておこうかと思いまして。何しろ二十人もいますから、よほど大口のお
そこまで言って、ロスヴァイセはジークリンデにずいっと顔を近づけた。あまりに突然だったのと、ロスヴァイセの顔が美しかったのでジークリンデは思わず気圧されて、ほんの少し頬が赤くなっている。ジークリンデ自身は女性に対して特別な興味はないが、これほどの美人ともなればドキッとするのは仕方がないことだろう。そして、その顔に似つかわしくない無感情な声でロスヴァイセは言った。
「いかがでしょう?領主代行様。私共は戦闘から護衛を始め、掃除洗濯家事育児、書類仕事に奇術道楽、お望みならば夜伽までこなしてごらんに入れます。私共を雇って頂けませんか?」
「よ、夜伽ぃっ!?そんなことまでするのか?!」
「何しろ二十人おりますので、敵をベッドで篭絡する技を得意とする者もおりますよ。まぁ、私は向いていないと言われましたが。ロイド様に興味がおありなら体験することも可能ですよ」
「た、体験……はっ?!」
魅惑の申し出を受けて思わず息を呑むロイドに対し、ジークリンデとエスメラルダから刺すような視線がロイドに集中する。そこはロイド、流石のSランク冒険者である。瞬時に自分に注がれている視線の意味を理解して咳ばらいをして誤魔化した。
「ん、んんっ!そんな事は必要ない!……ただまぁそれは抜きにしても、人手が足りないなら悪い話じゃないんじゃないか?」
「そうだな……」
苦しすぎるロイドの勧めだが、ジークリンデも即座に断るつもりはなかった。何せ、ロスヴァイセによれば、彼女達は二十人ものAランク冒険者並の実力を持った猛者達なのである。足りていないのはセバスの代わり一人とはいえ、どうしても休みのローテーションを考えればサブの人材は必要である。ましてや、現在のような不測の事態が今後もないとは限らないのだ。護衛だけなら無明がいればどうとでもなるとしても、いざという時に必要なのは数である。いくら無明が分身するトンデモ人間であっても、彼一人ではどうにもならない事はあるのだ。
ジークリンデは目をつぶってしばらく考えた後、何かを決意したように目を開けた。そこから飛び出したのは、意外な一言である。
「解った。だが、その前に一度、ロスヴァイセ君の実力をテストさせてもらおう。私と勝負してくれ」