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第44話 野望の終結

「フハハハハハハッ!この亀原雄山グルメトータスがおれば、ありとあらゆる食材が何時いかなる時でも新鮮かつ旬の状態で入手できるのじゃ!これこそまさに究極の生物よ!儂はこの力を使ってこの国を亡ぼし、新たに食の万年王国を創るのじゃあ!亀は万年じゃからなぁ!」


 亀原雄山グルメトータスの頭の上で、マルキュリオが叫んでいる。二人からはかなりの距離があるので、本来ならばマルキュリオの声が聞こえるはずはないのだが、何故かしっかりと彼の声は周辺に響き渡っていた。これも彼の持つスキルの力なのだろう。


「言ってる事が滅茶苦茶でござるな……流石の拙者もちょっと引いたでござる」


「大体、自由に食材が採れるというだけで、どうやって国を亡ぼすつもりなのでしょう?そもそも国を亡ぼす必要がないような」


「まぁ、こんな巨体の亀がいたら国が危ういというのは解る気がするでござるが……」


「おおーい!二人共っ!」


「む?おお、ジークリンデ殿、無事でござったか!」


「い、一体何が起きているんだ?!村長さんと話していたら突然、村の人々がバタバタと倒れ初めて……それに爺の声は聞こえたが、彼はどこだ?」


「村人達が?……まさか!」


 無明はそれを確かめるように手近な家の屋根に飛び乗り、村の様子を見回した。すると、外に出ていた人達が倒れ込んでいる姿が視界に飛び込んでくる。恐らく家の中にいる人達も同じだろう。これは無明達が眠らされていた夜中と同じ状況なのだ。今無明達が起きていられる理由は不明だが、直に自分達も眠らされてしまうだろう事は容易に想像できた。この二晩がそうだったように。

 それに気付いた無明は変装を解き、いつもの忍者装束に戻ってジークリンデ達の隣に再び立つと、覆面の下で唇を噛み締めた。


 (このままでは早晩拙者達も眠らされてしまうだろう。その前にあの亀を何とかしなくては……だが、あの巨体が相手では、忍者刀一つではどうしようもない。マルキュリオ殿をどうにかするだけで事は済むのか?もしも、操り手であるマルキュリオ殿を押さえたとして、後に残った亀が暴れ出したら手が付けられぬ……!)


「無明?どうした?爺は、爺はどこなんだ?!」


「……マルキュリオ殿なら、あの亀の頭の上でござる。ここからだと豆粒のようにしか見えぬが、声だけが聞こえるのは彼のスキルの力でござろう」


「んん?あ!本当だ!?爺、どうしてこんなことを……」


 力無く呟くジークリンデの声もまた、マルキュリオの耳にしっかりと届いているらしい。マルキュリオは邪悪としか言えない様子でジークリンデに応えた。


「お嬢様!遅かれ早かれこうなるとは思っておりましたわい。儂の目的の為には、大恩あるライトニング家にも背かねばならぬという事じゃからな!」


「目的って、さっきの万年王国とかいう夢想か!?そんな事の為に、どうして?!」


「夢想じゃと!?それは違う!単なる旨い物を探すだけだと思っていた儂のスキルは、この為にあったのじゃ!この力の可能性にもっと早く目覚めておれば、儂は、妻に……っ!」


「妻……?ティネシーさんか?ティネシーさんがどうしたと言うんだ!?」


「……ええい、うるさいっ!何を言おうがもはや終わった事じゃ!儂の願いを邪魔するものは例えお嬢様であっても許さんぞっ!」


 マルキュリオが激怒すると、亀原雄山グルメトータスはゆっくりとした動きで右の前足を振り上げた。そして、その足をそのまま地面に下ろす。


「まずい!止せ!止めるでござるっ!くそ、二人共、伏せろっ!」


「えっ?う、うわぁっっ!?」


 亀原雄山グルメトータスの足が地面に着いた途端、耳をつんざくような轟音と途轍もない地震が村全体を襲った。ジークリンデ達が立っていられずその場に倒れ込むと同時に、村のあちこちで家屋が悲鳴を上げている。特に古い家などは耐震性が低いので、次に同じ攻撃が起これば耐えられはしないだろう。


「ワハハハッ!見たか?亀原雄山グルメトータスのパワーを!」


「なんということを!家の中で眠らされている民もいるだろうに、そのような者達を死なせるおつもりか!?」


「ふん!どの道、皆ここで死ぬのじゃ。亀原雄山グルメトータスが食材を生み出すには、他の生命のエネルギーがいるからのう。眠らされている者共はその餌なのじゃよ!」


「な、なんだって!?」


「……なるほど、最初に国を亡ぼすと言ったのは、そういう事だったのですね。確かにそれならば、その力はむしろ国を亡ぼす事しか出来ないでしょう。いえ、場合によっては国だけでなく世界が滅びます。新たな国創りなど不可能に思えますが」


「はっ!目先の事しか考えられぬバカな小娘が、よう言うわい!儂の創る食の万年王国は、訪れる者に究極の美食と幸福をもたらす。そして、人はその至福の中で眠りに就き、新たな美食を生み出す種となる!そして、他の国で増えた人間共がまた儂の万年王国を目指し集まるのじゃ。これぞ完璧な国の形じゃろうが!」


「そんなバカな!?そんなもののどこが国だと言うんだ!それではただ無意味に屍を積み上げるだけの地獄じゃないか!?」


「何とでも言うがいい!儂はこの力を思うがままに使うまで!お嬢様、貴女も儂の創る美食の糧になってもらいますぞ!」


「くっ!?」


 マルキュリオがそう叫ぶと、周囲に甘い匂いが立ち込め始めた。この二日間で何度も嗅いだロンマの匂いだ。どうやら本気で無明達を眠らせて餌にしようとし始めたらしい。恐らく、先程まではジークリンデを生贄とすることに心理的な抵抗があったのだろう、だから無明達を含めて無事だったのだ。しかし、今のやり取りで激昂した今の彼にはそのブレーキが無くなってしまった。


「まずいっ!」


 ここで眠らされてしまえば、もはや抵抗はおろか逃げる事すら叶わないだろう。マルキュリオからスキルを奪うには、僅かだが時間が必要で、それが可能となる時間が残されているかは解らない。一番速いのはマルキュリオを殺してしまうことだったが、ジークリンデの事を考えるとマルキュリオの命を奪ってしまっていいとは思えなかった。


 (拙者も、ずいぶんと甘くなったものだ……しかし、どうする?この期に及んで殺さずに済む方法などあるのか?)


 闇に生きる一流の忍びならば、例えそれが誰であろうと、敵となれば殺す事など厭わない。誰よりも忍びであった転生する前の無明であれば、親や兄弟、妻や我が子であったとしても容赦なく切り捨てたはずだ。だが、新たな肉体を得てこの世界に蘇り、ジークリンデ達と他愛のない日々を過ごす内に、そんな冷徹さは彼の中から失われてしまっていた。もう大人であるはずのジークリンデがあれだけ懐いてみせたじいやを、彼女の目の前で殺せばどれだけ彼女は悲しむだろう。そう思ってしまうのだ。


 そんな葛藤を見抜いたように、ジークリンデはぎゅっと拳を握り、無明の服の裾を掴んだ。その弱々しい力と悲し気な目とは裏腹に、ジークリンデはある決断を口にする。それは彼女が、間違いなく為政者の娘であるという強い意思によるものだ。


「む、無明……頼む。爺を、マルキュリオを止めて……いや、こ、殺してくれ。説得出来ない以上、彼は危険だ。放っておけばうちの領民だけでなく、本当に国が亡んでしまう。それだけは絶対に止めなければならない。私は、ライトニング家の人間として多くの民が犠牲になるのを見過ごす訳にはいかない。……頼む」


「ジークリンデ殿…………無理をするでない。安心するでござる、拙者に任せておけ。そなたを悲しませるような事はせぬ」


「しかし、どうやって!?もう時間がないのだろう?こうしている間にも、私だって意識が」


「いつもジークリンデ殿やエスメラルダ殿が言っているのでござるぞ?拙者はと。ならば、その期待に応えてみせようではないか!」


 ジークリンデの頭を撫でながら、無明は覆面の下で笑った。忍びは侍とは違って、金で雇われる事から忠義に生きる存在ではないと言われている。だが、そんな忍びとて矜持はある。任された仕事を遂行する為ならどんな汚い事でも躊躇わぬ冷徹さは、その矜持の表れだ。例え地を這って泥を啜ってでも生き延び、任務の為なら決して諦めぬ……それこそは、誇りと誉を第一とする侍には真似出来ぬものだ。最後の瞬間ギリギリまで、考える事を止めてはならない。


 (さて、とは言うもののどうするか。マルキュリオ殿を殺さぬのならば、最優先はあの亀の無力化だ。そう時間も無いが、どうやって……)


「無明様」


「うん?どうした?ロスヴァイセ殿」


「来る時に使った秘薬は、まだ残っていますか?」


「秘薬?餌須腑烈素エスプレッソでござるか?あるにはあるが、何をするつもりでござる?ここから逃げるにしても、馬車の元へ行く余裕は」


「いえ、あの薬は馬専用で、他のものが飲むと大変な事になると聞きました。ならば、それをあの亀原雄山グルメトータスに飲ませれば……」


「それは……いや、そうか!その手があったでござるか!」


 何かを閃いた無明は、小さな丸薬を取り出して、すぐさま手持ちの竹筒に放り込んだ。竹筒には液体の秘薬、餌須腑烈素エスプレッソが入っており、それに何かを混ぜたのだ。


 そもそも、餌須腑烈素エスプレッソは本来、強心作用をもたらす薬から生まれた秘薬である。詳しい原理は省くが、人よりも強靭な性質を持つ馬の心臓を強化することで、その力を更に発揮させているのだ。故に、馬ではないものが飲むと、強心作用が過剰に働いてしまうことが危険なのだった。

 一方、亀という生き物が長生きなのは、心臓が他の生物よりも動いていないからであるとする説がある。寿命が短い生き物ほど心拍数が多く、体内に酸素を取り込む量が多い為に活性酸素が増加して肉体が劣化し、寿命が短くなるというのだ。一説によれば、人間の心拍数は一分間に60-90回ほどなのに対し、寿命の長いリクガメの心拍数は10回程度だという。


 無明にはそこまでの科学知識はないが、強心作用が時に生物にとって害をもたらす事は理解していた。そして今、餌須腑烈素エスプレッソに加えたのは、その作用を更に強める丸薬だ。餌須腑烈素エスプレッソを作る際にもこの薬は使われているが、それを更に足したのである。


「これを飲ませれば……っ!行くでござる!」


「む?!何をしでかすつもりじゃ!ええい、亀原雄山グルメトータスよ、他にも餌となる人間など山ほどいる!あいつらを踏み潰してしまえ!」


 マルキュリオは亀原雄山グルメトータスにそう命じたが、既にそこに無明はいない。本気で走れば光速と同等のスピードを持つ無明に、文字通り亀の歩みでは追い付けるはずもない。マルキュリオと亀原雄山グルメトータスが気付く事すら出来ない間に、無明は竹筒ごと薬を亀原雄山グルメトータスの口の中に放り込み。マルキュリオの背後に立った。


「あっ!ど、どこへ……無明はどこへ行った!?」


「拙者ならここにいるでござる」


「い、いつの間に……!?お、おまえは一体……」


「マルキュリオ殿、そなたの過去に何があったのかは知らぬ。しかし、今ならまだ罪を償いやり直す事も出来よう。その為に……そのスキル、女神の名の下に回収させて頂く!」


「なんじゃとっ!?ぬおっ!!?」


 その時、亀原雄山グルメトータスが震え出し、フラフラと頭を揺らし始めた。これだけの巨体なので、いくら劇薬と化した餌須腑烈素エスプレッソでも心臓を破壊するまでには至らないだろう。だが、生物である以上、急激に心臓が大きく動けば、血流が乱れて身体に異変は起こる。亀原雄山グルメトータスは突如激しさを増した動悸によって意識を失い。山に擬態していた時のように、その場に沈み込むようにして座り込んでしまった。


「なぁっ!?ば、バカな!儂の、儂の亀原雄山グルメトータスがっ!?」


「今だっ!女神の力よ、マルキュリオ殿のスキルを奪い取れっ!」


「はっ!?や、やめろおおおおっ!?」


 密かにその手へ集中させていた力が光となって、無明の手から放たれる。それは冥遁の術の中でフィーリルのスキルを消し去った結晶と同じものとなり、マルキュリオの身体を包んだ。そして、鮮やかな光の柱が天に届いて、マルキュリオは野望と共にそのスキルを失うのだった。


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