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第45話 帰って来た親子

「お嬢様、無明様、あと二時間程でワルキュリアに到着致します」


「ああ、ありがとう、ロヴァ。しかし、二日も馬車に乗ったままだとやっぱり腰が痛むな」


 ロレッタ村での騒動から二日が経ち、無明達はようやくワルキュリアへ後少しという所まで来ていた。行きは餌須腑烈素エスプレッソを使って馬の力を引き出し、あっという間に到着できたのだが、亀原雄山グルメトータス撃退の為に予め作ってあった餌須腑烈素エスプレッソを全て使い切ってしまったせいで、普通に移動するしか出来なかったからだ。


「申し訳ないでござるな、ジークリンデ殿。餌須腑烈素エスプレッソを作るのに必要な素材がロレッタ村の近くでは採れなかったでござるから」


「あ、いや!?無明を責めてる訳じゃないんだ!むしろ、私は感謝しているんだよ!ありがとう、無明」


 無明の手を取り、ジークリンデは心からの礼を述べた。元々、無明の強さに惚れていた彼女だったが、今回は期せずして彼の男気にも触れた事でますます惚れ直しているらしい。あのままではマルキュリオを殺さねばならないという非情な決断をしなければならなかったのを、無明が救ってくれたのだから無理もない。


 あの後、スキルを失ったマルキュリオは憑き物が落ちたかのように大人しくなり、己の罪を認めて深く頭を下げてみせた。


 そもそも、彼がああして暴走することになったきっかけは、二年前にライトニング家の騎士を辞した直後、最愛の妻を病気で亡くしてしまったことだったらしい。彼の妻、ティネシーは重い病に侵された末期に一言、ロンマが食べたいと言ったそうだ。


 だが、この世界でも本来のロンマは秋に実を落とす植物である。ティネシーが亡くなった初夏という時季外れの頃では、当然手に入るものではない。それでも、何とか妻の最期の願いを叶えてやろうとマルキュリオは奔走したが、結局、ロンマを手に入れる事は出来なかった。そうして、己の無力に絶望した彼は失意の中で自らのスキル『美食収集ビブ・グルマン』が進化し、あの亀原雄山グルメトータスを生み出したのだそうだ。


 「――あれを見つけた時、儂は自らの運命を呪ったんじゃ。最愛の妻のささやかな願いすら叶えてやれんかったというのに、全てが手遅れになってからあんな力に目覚めるなんてのう。……しかし、取り返しのつかない事になる前に止めてくれて助かった。ありがとうございます、お嬢様」


 別れ際、マルキュリオはそう言って、ジークリンデの手を握り深く頭を下げた。幸いな事に、彼があそこまで暴走したのは初めてで、犠牲者が出たこともない。精々、村の人達が少し疲れやすくなった程度だっただろう。それもあって、ジークリンデは彼の行いを不問とし、深く反省することを条件に罪に問わない事を選んだのだ。

 ちなみに、スキル美食収集ビブ・グルマンが消滅したことによって亀原雄山グルメトータスも本来のリクガメに戻ったようだ。ただ、スキルの影響は多少残っていて、背中に小さなロンマの木が一本だけ生えていた。マルキュリオはそのリクガメを大事に育てるといい、騒動は決着をみたのだった。


 (私を悲しませるような事はしない……か、あの時の無明は、本当に格好良かったな。やっぱり私は、無明のことが――)


「ジークリンデ殿に素直に感謝されると、何だか調子が狂うでござるなぁ。ジークリンデ殿はもっとこう、ヤマアラシのようにとげとげしくないと……」


「失礼な奴だな、君は!私のことをそんな風に見ていたのか!?」


「じ、ジークリンデ殿、ちょっと待つでござる!誤解でござるよ!今のは言葉の綾というものであるからして、剣から手を離してくださらんか!?」


 せっかくジークリンデからの評価が良くなったというのにこれである。当分、二人の間に進展はなさそうだ。狭い馬車の中で剣を突き付けられた無明は、慌てて話を変えようと思いついた事を口にした。


「そ、それにしてもスキルが進化するというのは、よくある事なのでござるかな!?」


「……いや、私も聞いた事はないな。スキルを使いこなしていくと、ある程度応用が利くようになることはあっても、スキルそのものが変化するというのは前代未聞だ。まぁ、スキルはある意味で究極の個人情報だから、あまり他人にペラペラと喋るものでもないんだが」


 ジークリンデの言う通り、スキルはこの世界に産まれた誰しもが持っているものだが、誰がどんなスキルを持っているか?という話はそう言いふらすものでもない。農業系のスキルを持つというサムロ老人のように、その筋で有名な人間であったりするならまだしも、自分のスキルがどういうものなのかという事を話すのは余程親密な仲でもない限りは伏せておくのが普通なのだ。

 従って、スキルの進化と言うものが一般的に起こりうるものだとしても、その事例は滅多なことでは広まらないだろう。その手の情報を持っているのは精々、女神教ガディースの神官達くらいのものだ。

 もしかすると、以前、同じ時に囚われてしまったフィーリルのスキルも何かのきっかけで進化し、暴走してしまったものだったのかもしれない。だが、それについて女神からの説明がないのであくまで推測するしかないのが困った所だ。今も無明の手の中にある結晶として回収したスキルをどう処理すればいいのかも含めて、問題は山積みである。




 そんな話をしながら、無明達を乗せた馬車は無事、ワルキュリアに到着した。数日振りの街は変わらぬ活気を見せていて、すっかり慣れ親しんだ空気には無明の気分も落ち着くようだ。そんな無明とは対照的に、ジークリンデは何か言葉では言い表せないものを感じ取り顔をしかめていた。


「ジークリンデ殿、腹が痛いのでござるか?もうすぐお屋敷なので、我慢するでござるよ」


「誰がトイレの我慢をしてると言った!?そういうデリカシーの無い事を言うな!そういう事じゃなくて、何か途轍もなく嫌な予感がしているだけだ。顔も見たくない相手が傍にいるような……そんな感じがする」


「ジークリンデ殿がそこまで言うとは、珍しいでござるなぁ。……え、拙者の事ではないでござるよな?」


 ジト目で睨みつけるジークリンデの様子に、無明は思わず自分が嫌われているのではないかと不安になっていた。何のかんのと言って、無明はジークリンデやエスメラルダに嫌われるのは怖いようだ。そんな時、ちょうど馬車はライトニング家の屋敷の前に到着し、そこでジークリンデはある人物を見つけて顔色を変えた。


「あ、あれはっ!?」


「む?誰が玄関の所にいるでござるな。って、ジークリンデ殿っ!?」


 無明が止める間もなく、ジークリンデは剣を片手に馬車から飛び出し、その人物へ勢いよく斬りかかった。完全に不意打ちだったはずだが、斬りかかられた女性は少しも動揺することなく、無駄のない動きでその一撃を受け止めている。かなりの腕前だ。だが、もっと衝撃だったのはその後の二人の会話であった。


「は~は~うぅええええええっ!」


「あら?誰かと思えば久し振りね、ジークリンデ。元気そうで良かったわ。これからは一緒に暮らせるし、仲良くしましょう?」


 そう言って笑う彼女の名は、ブリュンヒルデ。彼女こそ、ジークリンデとエスメラルダの実の母であった。

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