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第50話 危険な依頼

「なるほど、事情はよく解った。……だが、何で俺の所に来るんだよっ!?」


 顔を真っ赤にして大声で怒っているのはロイドである。何をいきなり怒っているのかと思うだろうが、彼が怒るのも無理はない。ここは冒険者ギルド内にある彼の執務室だ。ジークリンデが無明の引っ越し先を探すと言って、無明とエスメラルダを連れてまず真っ先に訪れたのがここだった。普通、引っ越し先を探すなら不動産屋を当たるべきだが、どうして無明を連れてここに来たのだろうか。はっきり言って仕事の邪魔でしかないので、ロイドは怒っているのである。


「いや、ロイドなら顔が広いから何か知らないかと思ったんだ。こういう時、頼りになるのはロイドだと思ってな」


「あのなぁ……!?そんな風に頼ってみても無理なものは無理だぞ、うちは冒険者ギルドなんだ。不動産屋の真似事なんかやってないんだからな」


「もちろん、それは解っているさ。しかし、考えてみてくれ。……私達が探しているのは、無明が住む事になる家なんだぞ?生半可な土地や建物じゃ何が起こるか解らないと思わないか?」


「っ…!言いたい事は解るが……だがな、うちに話が回って来るような物件なんて、曰く付きか何かしかないぞ?」


「そこはほら無明だし、大丈夫だろう。むしろ、そんじょそこらの曰くなんて、曰くの方が裸足で逃げ出すさ」


「……無明さん、何かずいぶんな事言われてますけど、いいんですか?」


「ん?ああ、今更でござるよ。それに、曰くというのがどんなものか解らぬが、大抵のものならどうにか出来る自信はあるでござるからな」


 無明は事も無げに、爽やかな笑顔を浮かべている。もっとも、相変わらず覆面をしているので、外から見えているのは目だけなのだが、その目だけでも解るほどに笑っているようだ。しかし、逆にエスメラルダは何やら浮かない表情をしてみせた。


「まぁ、そういう事なら少し待て。曰く付きの建物でいいなら、確か依頼があったはずだ。ええと、どれだったか……」


 ロイドはそう言うと、本棚を物色し始め、いくつかのファイルを手にとっては中身を確かめている。何を隠そう、この執務室で管理されているのは、非常に達成が困難であったり、問題が起こる可能性の高い依頼ばかりだ。様々な観点からBランク以下の冒険者には開示されない危険な依頼がまとめられたファイルを、ロイドは探しているのである。

 それを知っているジークリンデは、怪訝な顔をしてロイドの様子を窺っていた。


「おい、ロイド。そこのファイルはBランク以下の冒険者じゃ受けられない依頼の棚じゃないのか?」


「ああ、そうだが?」


「そうだがって……忘れていないか?建前上、無明はBランク冒険者だろう。いいのか?そんなものを出して」


「お前が曰く付きでいいと言ったんだろうが。まぁ、安心しろ、引き受けるのはお前だから」


「はぁっ!?なんで私が?!」


「お前は一応、Sランク冒険者だろうが。そのお前が無明とパーティを組んで依頼をこなした事にすれば、建前の上でも何も問題はない。こちらとしても、手を焼いている依頼を片付けてくれるなら言う事なしだ」


「バカを言うな!そんなの職権乱用だろう!?」


「俺にも少しはメリットが無ければやってられんわ、こんな話!いきなり来て仕事の邪魔しやがって、嫌なら大人しく不動産屋を回れ!大体、領内の土地の管理は領主である兄貴の仕事だろう。お前は兄貴の仕事を手伝っているんだから、土地の一つや二つを工面するくらい、どうにでもなるんじゃないのか?」


「……これは我が家の問題なんだ。それに無明を巻き込んでしまっただけでも申し訳ないのに、皆が欲しがるような良い土地を領主の権限で譲り渡すなんて出来る訳がない。それでは領民に申し訳が立たないだろう」


 ジークリンデはそう言って、すっかり俯いてしまった。ジークリンデもエスメラルダも、本当は無明に出て行って欲しくはないのだ。多少…いや、だいぶ無茶をするとはいえ、無明は何度も自分達を救ってくれた恩人であるし、ジークリンデに至っては個人的な好意もある。だが、為政者の立場でみれば無明一人をそこまで特別扱いは出来ないという倫理観もある。その板挟みが、彼女らを苦しめているらしい。


「……我が姪ながら真面目過ぎるな、お前らは。それもあの人の、義姉さんへの反発か。しかしまさか、あの人が帰って来るとはなぁ」


「ロイドは母上を知っているのか?」


「そりゃあな。義姉さんと兄貴は生まれた時からの許嫁だったんだ。幼馴染もいい所さ。かく言う俺も、あの人にはずいぶん振り回されたよ。兄貴の弟なら、自分にとっても弟だと言ってな。……大きくなって少しは落ち着いたはずだったんだが、まさかお前達を置いて出て行くとまでは思わなかった。ただ正直な話、突然どこかへ行ってしまったと兄貴から聞かされた時は、そういう事もあるだろうなと思ったくらいだ」


 ファイルを片手に、ロイドは昔を思い出して遠い目をしている。ロイドとジークリンデ達の父アレックスとは、二つしか歳が違わない為、当然ロイドも幼い頃からブリュンヒルデとは面識があって、彼女の要求に振り回されることも度々あったらしい。


 ブリュンヒルデは、貴族の女性にしては非常に活発で好奇心が強く、物怖じしない性格だったようだ。ジークリンデとエスメラルダは嫌がるだろうが、二人は性格が根っこの部分でブリュンヒルデによく似ていると、ロイドは感じている。

 貴族の子供としてはあり得ないことだが、三人は領内の山野を駆けまわり、冒険と称して魔物と戦ったり、大人達を煙に巻いたりして遊び回っていた。特にブリュンヒルデは剣の才能がずば抜けていて、手足が伸びきる前までは、ロイドとアレックスが二人がかりでも勝てないほどに彼女は強かったという。ジークリンデが剣神のスキルを持って生まれたと知った時も、アレックスとロイドだけは驚かなかったのだ。


「ああ、あったぞ。これだこれだ」


「これは………………少し街から離れているようだが、大きな屋敷だな。しかし、これのどこが曰く付きなんだ?」


 ロイドが見せてきたファイルには、その物件の所在と大まかな間取りが記されていた。それを読んだジークリンデはすぐに場所などの想像がついたようだが、そこには肝心の曰くの内容が記されていない。これだけならば単なる物件の情報だが、そんなものがここにあるはずはないのだ。すると、ロイドは大きく溜め息を吐いて、詳細を語り始めた。


「この屋敷は元々、とある貴族の別荘として建てられたものだ。その貴族は、このワーグナー王国の有力者だったらしくてな。わざわざうちの領内に土地を買って別荘を建てたと言えば、その権力の大きさが解るだろう。だが、その貴族は、かつて魔王の侵攻によって命を落とした。奇妙な事が起こり始めたのは、それからしばらく経ってからだ」


「奇妙な事って……まさか、その貴族の方の幽霊が出るとか?」


「それが解らんのだ。何せ、その建物の調査に向かったものは、例外なく一人も帰ってこないんだ。そんな事が続いて、いつからかこの依頼は封印指定のマル秘案件になっちまった。はっきり言って、無明でもこの仕事は厳しいかもしれん。それでもやるか?」


「そんな危険な仕事、させられる訳ないだろう!?いくらなんでもこれは酷過ぎるぞ、ロイド!」


「だが、依頼人は国だからな。長らくマル秘案件になってるだけあって、報酬はかなりいいぞ。それだけで数年は遊んで暮らせる上に、別荘自体の立地も申し分ない。どうだ?無明、やってみる気はあるか?」


「ふむ。そういう事であれば、引き受けるのはやぶさかではないでござる。とりあえず、まずは現場を見てからにするのがよかろう」


「無明……」


 特に深く考える様子もなく、無明はあっさりと依頼を引き受けてしまった。そんな彼をジークリンデは辛そうな顔で見つめている。強く握られたその拳と胸に秘めた思いは、この時点ではまだ、誰にも伝わってはいないようだった。

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