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第60話 只者ではないと言われても

 女神の夢を見た翌日の昼、無明は単身、冒険者ギルドへ向かっていた。

 目的は一つ、ギルドにある女神の瞳を使ったスキルの確認だ。女神の言葉を疑っている訳ではないのだが、何しろ見たのは夢である。夢を見たからと言って、それをそのまま鵜呑みにする人間はいないだろう。現時点で夢の内容から立証できるのは無明のスキルについてのみだ。これで女神の言っていた通り、無明に何かのスキルが与えられていると証明できなければ、あの夢が単なる夢で終わってしまう可能性がある。


 ここで問題なのは、女神が謎の存在によって、現在進行形で追い詰められているという話である。無明自身はどんなスキルが与えられていようと構わないが、女神の言葉が真実であるなら、それが大変由々しき事態であることに変わりはない。それを確かめる為にも、まずあの夢の内容が事実であると証明しなければならない。


「まずは拙者の身で、あの夢が真実であるという証を立てねば。迂闊に話せる内容でもないしな」


 無明が誰にも告げずに出てきたのは、それが理由だ。以前の女神についてのジークリンデの反応を見る限り、女神はこの世界の一般的な人間にとって極めて重要な存在のようだ。そんな女神が、正体不明の存在に追い詰められている状況に陥っているなど、迂闊に話せるものではない。

 かと言って、せっかく買い直したライトニング家の女神の瞳を使わせて欲しいと頼むなら、夢で見た内容を話さない訳にもいかないだろう。万が一、もう一度壊すような事になれば、それこそ一大事である。

 その点、ロイドならばスキルを確認したいと言うだけで済む可能性が高い。彼はジークリンデ達ほど、無明を警戒したり疑ったりしていないからだ。



「おや、無明?どうした?何か昨日の話で足りない所があったか?」


 無明が冒険者ギルドに着くと、ちょうど受付にロイドが下りてきていてすんなりと話をすることが出来た。無明はこれ幸いとばかりに、話を切り出すことにした。


「いや、今日は別件でござる。実は、ちと気になる事がござってな。拙者、自分のスキルというものをもう一度確認してみたいのでござるよ。女神の瞳とやらを使わせてもらえんだろうか?」


「女神の瞳を?別に構わないが。お前、確か以前調べた時には、文字化けして読めなかったんじゃなかったか?ジークリンデがそんな事を言ってたような……」


「いやまぁ、そうなんでござるがな。その、あれだ。拙者もう一度、自分のすてぇたすというものを見ておきたくなってな」


「ふぅん?まぁいいか、じゃあこっちだ。ああ、サティ君、後は頼むぞ」


「はい、かしこまりました。ロイド様」


 深々と頭を下げて、ロイドを見送るサティ。彼女のロイドに対する献身的な姿を見ていると、仕事上の役割以上のものを感じるのだが、ロイドは全くと言っていいほど気にしていないようだ。それだけどこかへ行ってしまったという婚約者の事を想っているのだろう。年齢の割に、かなり一途な所があるなと無明は感心していた。


「何だ?どうかしたか?」


「いや、何でもないでござるよ。人間、近くの幸せというものには気付かぬものでござるな」


「???」


 そんな世間話をしつつ、二人は奥の部屋へと進む。通されたのは、試練のダンジョンへの入口があった部屋の向かい側にある、少し広い部屋だった。


「ほう、こんな部屋があったのでござるか」


「ここは、試練を受ける者達の控え室兼、諸々の準備室といった所だ。試練を受ける者が多い時はここで順番待ちをしたり、また試練の前に説明をする時に使う部屋だな。あと、個人で冒険者になりたいというものが来た時には、ここで女神の瞳を使ってステータスの確認をするのにも使う。冒険者志望の若い奴の中には、地方から出てきたばかりで自分がどんなスキルを持っているのか知らない奴も多いからな。人によっては冒険者ではなく、別の職業を薦めるべきなヤツもいる。誰でも冒険者になれる訳じゃないってことだな」


「なるほど。という事は、拙者は特別扱いだったということか」


 無明が以前ギルドに来た時には、既にジークリンデ達が話を通してくれていた事もあり、ここでの適性チェックは省かれたのだろう。領主の娘で、自身もSランク冒険者というジークリンデの威光は相当強いらしい。無明はここにいないジークリンデに胸の中で改めて感謝をしつつ、女神の瞳の準備を待った。


「よっこらしょっ、と。ほれ、無明、いつでも使っていいぞ」


「かたじけない。しかし、これは以前使った女神の瞳よりもずいぶん大型でござるな?」


「ああ、兄貴の所にあったやつか。あれは個人が使うタイプのものだからな、使用人のステータス鑑定くらいに使うものだし、小さくて取り回しが利くタイプなんだよ。こいつはアレよりもデカイが、その分詳細な鑑定が出来るんだ」


「ほう、そんな違いがあったのでござるか。こちらの方が優れものとは、大は小を兼ねるとはこの事でござるなぁ」


 ライトニング家にあった拳大の女神の瞳よりも、目の前にある女神の瞳はかなり大きい。見た目には綺麗な水晶玉なのだが、大きさで性能に違いがあるとは思わなかった。無明はおもむろに女神の瞳に手を置いた。ライトニング家で測った際にはぼんやりとした光を放つだけだったが、こちらは性能がいいからなのか、かなり強い光が放たれて、思わず目を背けたくなる。数秒の輝きの後、光が落ち着くと空中にジークリンデ達がステータスボードと呼ぶ表示が浮かび上がった。


「これがお前のステータスボードか。ふむふむ、筋力A、体力S、敏捷……測定不能!?お前は本当にメチャクチャなヤツだな。この仕事をしてずいぶん経つが、見た事ないぞ、こんなの」


「そう言われても困るでござる。そもそもそのとかとかがまずよく解らぬ。それはどういう事なんでござるか?」


「冒険者ランクの付け方と似ているが、大体、Aランクはこの世界の人間の中でも上位に入るものを指していて、Sランクはそれ以上……まぁ、常人を上回っている。という感じだな」


「ざっくりしてるでござるなぁ……」


「というか、ステータスでSランクなんて出る奴はそうそういないんだよ。Sランク冒険者でさえステータスにSが出ることは稀だ。その上測定不能なんて……お前が人間じゃないと言われてるようなもんだぞ?」


「失敬な。あんまりな物言いでござるよ」


 無明は腹を立てた様子で、視線を更にボードの下に向けた。一番知りたかったスキル情報はボードの下部にあるからだ。ロイドも同じように視点を下げ、いよいよスキル欄に辿り着く。そこには。


「ええと、それでお前のスキルは……れ、『錬成』?!まさか、錬金系統か!?」


「なんでござる?そんなに驚くようなものなのでござるか?」


「驚くに決まってるだろう。『錬成』は『創造』に匹敵するレアスキルだ。俺の知る限り、そのスキルを持っていた人間はほとんどいない。……お前、マジで人間じゃないんじゃないのか?」


 身体能力に続いて、スキルまでもが並ではないと言われても、無明にはどうすることも出来ない話だ。そんな事でバケモノ扱いをされても困る。女神の言っていたのはこれの事かと、無明は覆面の下で渋い顔をしてステータスボードを恨めしそうに見つめるのだった。

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