「して、その錬成というスキルはどうやって使うのでござるかな?」
無明の疑問にロイドは困ったような顔をして頬を掻いている。さっきまであれほど興奮していたというのに、質問を受けた途端、一気に冷めてしまったようだ。勢いをなくしたロイドは、言いにくそうに答えた。
「あー……それがだな。錬成のスキルはそれを使える人間が極端に少なくて、情報がほとんどないんだ。何しろレア中のレアスキルだからな。お前、直感で解ったりしないか?」
「解る訳ないでござろう……」
呆れた様子で答える無明だったが、必ずしも今のロイドの発言がいい加減なものという訳でもない。本来、スキルはその名称などからおおよその予測がつくものだが、そうでない場合もある。ジークリンデの剣神などが良い例だろう。だが、ジークリンデは本能的に自らの剣神の力を理解し、身体能力の向上や、戦闘経験による大幅なパワーアップを続けてきた。ロイドが言っているのは、まさにそれだ。
そもそも、スキルは女神が与えた加護であると同時に、個人の才能とも言うべきものだ。しかし、どんな才能でも、それを活用し芽が出るかは当人の努力次第である。与えられた才能を活かすも殺すも自分の責任、女神は先にチャンスだけを与えているということだ。この世界の人々は、それなりに長い歴史の中でその意味を考えて学習し、如何にして才能を無駄にせず人が生きていけるか?を模索してきた。
だが、今の無明にはその本能的に察するという事さえ出来ないようだった。とはいえ、忍術や忍法のような技を体得しているのだから、何かきっかけや取っ掛かりさえあれば、モノに出来そうではあるのだが。
二人がしばらく女神の瞳を挟んで唸っていると、唐突にドアをノックする音がして誰かが室内に入って来た。サティだ。
「ロイド様、そろそろお客様がお見えになる時間ですが……どうかなされましたか?」
「ああ、サティ君。すまない、もうそんな時間か。いやな、無明のスキルについて困ってしまってな」
「はぁ」
ロイドが簡単に事情を説明すると、サティは何かを考え眼鏡の位置をクイッと直して、少々お待ちくださいと言い残して出て行ってしまった。その意図が読めなかったロイドと無明は、ポカンとした顔で立ち尽くしている。数分後、戻ってきたサティの手には、かなり古ぼけた一冊の手記が握られていた。
「お待たせしました。無明様、こちらをどうぞ」
「あ、ああ、かたじけない。して、これは何の本でござるかな?やけに古いもののようでござるが」
「それはかつて数百年前、『錬成』のスキルを使いこなし、大錬金術師の異名をとったアイザックが遺した手記……のレプリカです。要は写本ですね」
「ほう、そんなものがあったのでござるか。となると、これはサティ殿の私物では?」
「いえ、それはうちのギルド書庫で埃を被っていたものですよ。私は一通り、ギルド書庫の本は読み終えておりますので」
「ロイド殿……」
「い、いやいや!俺がサボってる訳じゃないぞ!?その、ほらギルドマスターってのは忙しくて、本を読んでる暇なんてなくてな!?」
ジト目で睨む無明の視線に、ロイドは慌てて言い訳をして誤魔化そうとしている。ロイドのこの答えは嘘である。確かに、ギルドマスターは忙しい職業ではあるものの、本を読む暇もないという事はない。むしろ、相談に来る冒険者のアドバイスに乗ったり、業務の為に他の組織や国の担当者と話をするにあたり、知識を深めておくのは重要な仕事の一環なのだ。単純に、彼がギルド書庫の古い本に興味を示さなかっただけである。
「本当でござるかぁ~?」
「お、お前なぁ!?疑うつもりか?!」
「無明様、その辺で。ロイド様が妙な所で手を抜きたがるのはいつものことですので。その本は貸し出し可能な本ですから、お持ち帰りして頂いて結構です。一応一週間後を目途に返却して頂ければ。読む人も滅多におられませんから」
「それはありがたい!助かるでござるよ。では、早速お借りするでござる」
「違うんだ……別にサボってる訳じゃないんだ……そんなもの、読むヤツはいないと思ってたんだ……」
何もしていないのに、いや、何もしていないからこそ株が下がり続ける男、ロイド。彼のこういう損をしがちな所は、ジークリンデやアレックスによく似ているようだ。血は争えないということだろう。
その後、ロイドが客との予定があるということで、無明はその手記を借りて帰ることにした。ついでに不動産屋にも寄って行こうかと思っていたのだが、今は期せずして手に入れたこの手記を読み、与えられたスキルについて知識を得たいという気持ちが勝っている。ギルドを出て躊躇いがちに逡巡した後、無明は後ろ髪を引かれる思いで帰宅することに決めた。
ライトニング邸に戻った無明は、手早く支度を済ませ、自室の机に向かった。まだ夕食の時間まではかなりある。何故これほどまでにこの本を読みたいと思うのかは解らないが、とにかくこの中身を確認したい思いで一杯だ。逸る気持ちを押さえ、無明は手記を開いた。
――初めに。この手記を読んでいる者へ。これは、私が得た錬成という名のスキルについて、私が知り得る限りの全てを記した手記である。残念ながら、私が知る限り、過去にもそして現在に於いても、同じスキルを持つ者と巡り合う事は無かったが、遥か未来では違うかもしれない。お前がこの手記を開いた理由が、同じ力を得た仲間を求めてのものであったなら、私は嬉しい。私は伝えたいのだ、世に多くの人々が暮らしまた幾百幾万のスキルある中で、たった一人だけが持つ力を得てしまったのだとしても、お前は一人ではないのだと。そして、心しろ。望むと望まずとに関わらず、錬成はお前に土塊を黄金に変えるような、想像を超える途轍もない力を与えるだろう。願わくば、お前がその力を悪用しない、善なる人間である事を望もう――
「アイザック殿……どうやら、評判通り大した御仁であったようだな。しかし、途轍もない力とは。それほどの力なのでござるか?錬成というのは」
無明は息を呑み、その力を想像して身を震わせた。前世における無明という人間は、日本でも天才と謳われ、一族はおろか人類屈指の実力者とされた人物ではあったと自分でも認識している。そんな彼が、更なる力を手にするという事実は、過ぎた力というものの恐ろしさを身に染みて理解している彼にとっても、空恐ろしいものであった。だが、既に自身の中にその力は存在している。ならば、万が一にも暴走する事のないように制御し、我が物とする必要があるだろう。もし、無明の手に負えない力であったなら、いつもの結晶に封印するなどの対処が必要だ。そんな覚悟と決意を胸に秘め、無明は続きを読んでいった。
アイザックの手記は、もはや単なる手記と呼べる代物ではなく、かなり分厚い一冊の書物であった。錬成についての知識だけでなく、それに付随して様々なスキルについても比較し、説明がされていた。全体の内容は章立てて細かく分けられており、実例も交えたスキルの使用法や注意点は非常に解りやすいの一言に尽きる。アイザックはこれだけの本を書くのに、どれほどの労力と時間を必要としたのだろうか。無明は序章を読んだ所で、その事実に驚愕するのだった。