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第2話 1-2:初対面の冷たい公爵

ティアラ・クレメンティスは、豪奢な馬車に揺られながら、どこか虚ろな目で窓の外を見つめていた。鮮やかな緑の大地が続く美しい景色も、彼女の心を癒すには至らなかった。彼女を運ぶこの馬車の行き先は隣国、ハロルド公爵家の領地だった。


「公爵様との婚約……」

その言葉を呟くたびに、胸の奥が締め付けられるような感覚を覚える。政略結婚。それが彼女に課された運命であり、そこに愛情や幸福は初めから期待されていなかった。


馬車の中では、ティアラの侍女であるマーシャが彼女をじっと見つめていた。マーシャはティアラが幼い頃から仕えてきた年配の女性で、彼女の心の支えとなる数少ない存在だった。


「お嬢様、大丈夫でございますか?」

マーシャが優しく声をかける。だが、ティアラは微かに微笑みながら首を横に振った。


「ありがとう、マーシャ。でも心配しないで。私は平気よ」

そう答えたものの、その声には力がなく、まるで自分に言い聞かせるようだった。



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数時間後、馬車は公爵領の門前に到着した。巨大な鉄製の門は、見上げるだけで圧倒されそうな威圧感を放っていた。その奥にそびえる公爵邸は、ティアラがこれまで見たどの建物よりも荘厳だった。白い石造りの建物は威厳そのもので、長い年月を経てもなお美しく輝いている。しかし、その冷たい外観は、彼女の不安をさらに増幅させた。


馬車の扉が開かれると、ティアラは深呼吸をしてから、ゆっくりと地面に足を下ろした。そこで待っていたのは、公爵家の執事らしき初老の男性だった。完璧に整えられた身なりと厳格な表情が印象的だった。


「ティアラ様、ようこそハロルド公爵家へ。私は執事長のグレゴリーと申します。ご到着をお待ちしておりました」

執事長は丁寧に一礼したが、その態度はどこか冷淡だった。ティアラは慣れない環境に戸惑いつつも、上品に微笑んで返した。


「ご丁寧にありがとうございます。どうぞよろしくお願いいたします」


執事長は一礼を返すと、ティアラを館内へと案内した。廊下を歩くたびに、壁に飾られた豪奢な絵画やアンティークの装飾品が目に入る。だが、館の美しさに見惚れる余裕はなかった。彼女の心には、これから対面する人物への恐怖が渦巻いていた。



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執事長に案内され、ティアラは広い応接室に通された。部屋の中央には大きなソファがあり、その一角に長身で黒髪の男性が座っていた。彼こそが、ティアラの婚約者であるレオン・ハロルド公爵だった。


彼女が一礼すると、レオンはソファから立ち上がり、無表情のままティアラを見下ろした。その鋭い灰色の瞳には、何の感情も浮かんでいないように見える。彼の整った顔立ちは彫刻のように美しかったが、その美しさがかえって冷たさを強調していた。


「あなたがティアラ・クレメンティスか」

レオンの声は低く、よく通るものだった。しかし、その言葉には歓迎の意も温かみも感じられなかった。


「はい、ティアラ・クレメンティスでございます。このたびは、よろしくお願いいたします」

ティアラは慣れない環境に緊張しつつも、礼儀正しく頭を下げた。だが、レオンは彼女の挨拶に応じることなく、淡々と言葉を続けた。


「父上が決めたことだが、私には興味のない話だ。お前がここに来たのも、家の事情によるものだろう。私はお前に何も期待していない。好きに過ごすといい」


その冷たい言葉は、まるで彼女を人形のように扱うかのようだった。ティアラは一瞬言葉を失い、心が締め付けられるような感覚に襲われた。


「……分かりました」

そう答えるのがやっとだった。ティアラの声は震え、目の前の男性がまるで氷の壁のように遠く感じられた。


レオンはそれ以上何も言わず、無言で部屋を出て行った。その背中には威厳があったが、彼が作り上げた冷たさの壁が、ティアラを一層孤独に追い込んだ。



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レオンがいなくなった後、ティアラは深いため息をつき、ソファに腰を下ろした。その手は無意識に膝の上で握りしめられていた。


「これが、私の結婚相手……?」

彼女の頭には、先ほどの無感情な態度と冷たい言葉が繰り返し浮かんでいた。初対面でこんなにも冷たく突き放されるなんて、これから先の生活がどうなるかを考えると不安でたまらなかった。


「お嬢様、大丈夫でございますか?」

マーシャが心配そうに声をかけた。ティアラは顔を上げて微笑もうとしたが、その笑顔はどこか空虚だった。


「ええ、大丈夫よ。少し疲れただけ」

そう答えたものの、心の中では「大丈夫じゃない」と叫んでいた。この家で、そしてあの冷たい男性と共に過ごす日々が始まるのだと思うと、胸が締め付けられる。


しかし、ティアラの瞳にはほんの少しの決意が宿っていた。冷たい公爵に何を言われようと、ティアラは自分らしく生き抜くと心に誓った。彼女の運命は、これからどう動いていくのだろうか――。





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