密偵の告白から数日後、ハロルド公爵家はこれまでにない緊張感に包まれていた。隣国が封印を狙っていることが明らかになった今、館の防備は一層強化され、レオンは対策に奔走していた。
ティアラもまた、使用人たちと共に準備を進めていた。彼女は公爵夫人として、皆を落ち着かせる役割を果たそうとしていたが、不安を完全に隠し通すことはできなかった。
「ティアラ様、大丈夫ですか?」
執事長グレゴリーが控えめに声をかける。その顔にも疲れの色が見える。
「ええ、大丈夫です。ありがとうございます、グレゴリー様」
ティアラは微笑みながら答えた。しかし、その笑顔の裏には、封印を巡る争いが本格化するのではないかという恐怖が隠されていた。
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その夜、ティアラは再び眠れずにいた。密偵の言葉が何度も頭の中で反響し、封印が狙われる現実が心を締め付ける。彼女はベッドから起き上がり、胸元のペンダントに触れた。光を放つその宝石は、彼女にとって父から託された大切なものだったが、同時に封印の鍵という重い役割を持つものでもあった。
「私はこの役割を果たせるのだろうか……」
ティアラは自問しながら、寝室を出た。館の廊下を歩きながら、彼女の心は迷いと不安で揺れていた。
彼女が向かったのは封印の扉だった。月明かりの差し込む静かな夜の中、その扉はどこか不気味な存在感を放っている。扉に近づくと、ペンダントが微かに温かくなり、光を放ち始めた。
「私にできることは……」
ティアラが呟いたその時、背後から足音が聞こえた。振り返ると、そこにはレオンが立っていた。
「こんな時間に何をしている?」
彼の声は冷静だったが、その目にはわずかな警戒の色が浮かんでいた。
「公爵様……封印が気になって……私に何かできることがあればと思って」
ティアラの言葉に、レオンは少しだけ眉をひそめた。
「お前にできることは、焦らず冷静でいることだ。封印を狙う者がいる以上、我々は慎重に動く必要がある」
レオンの言葉は厳しいものだったが、その中に彼女を守ろうとする意志が感じられた。
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翌朝、突然の知らせが館を駆け巡った。隣国の軍が国境付近に集結しているという報告が入ったのだ。その動きは単なる脅威ではなく、封印を奪取するための計画が本格化していることを意味していた。
「敵国が直接行動を起こすなんて……」
ティアラは報告を聞いて驚愕した。隣国がここまでの手段に出るとは思いもよらなかった。
「全ては封印の力を得るためだろう。奴らがどれほどの犠牲を払ってでも手に入れたいと思っているか、これで明らかだ」
レオンは冷静に分析しながら、館の防備をさらに強化する指示を出していた。
「私も手伝わせてください!」
ティアラは力強く申し出た。彼女の中には、自分が公爵家の一員としてできることを全力で果たしたいという強い意志があった。
「お前の気持ちはありがたいが、前線に立つ必要はない。お前の役割は、この館の中で皆を支えることだ。それもまた重要な責務だ」
レオンの言葉に、ティアラは少し戸惑いながらも頷いた。彼の判断は的確で、彼女に無理をさせまいとする思いやりも感じられた。
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その日の夜、館の周囲が不気味な静けさに包まれていた。何かが起きる前触れのような張り詰めた空気が漂う中、ティアラは自室で胸のペンダントを握りしめていた。
「私は、この家を守るためにここにいる……」
彼女は自分に言い聞かせながら、瞳を閉じた。ペンダントの光がわずかに強まり、その温もりが彼女に勇気を与えていた。
その時、窓の外から物音が聞こえた。ティアラは急いで窓辺に駆け寄り、外を覗き込んだ。暗闇の中で、人影が動いているのが見える。
「まさか……侵入者?」
彼女の胸は高鳴り、すぐに執事長グレゴリーに知らせるべきだと判断した。
廊下に出たティアラは、偶然にもレオンと鉢合わせた。彼もまた、物音に気づき、調査に向かおうとしていたのだ。
「公爵様、庭に不審な影が……」
ティアラが説明する前に、レオンは短く頷いた。
「分かった。お前はここにいろ。俺が確認してくる」
「私も一緒に行きます!」
ティアラの言葉に、レオンは一瞬だけためらったが、やがて厳しい表情で答えた。
「いいだろう。ただし、俺の指示には必ず従え」
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レオンと共に庭へ向かったティアラは、暗闇の中に隠れるように潜む複数の人影を確認した。その姿は明らかに隣国の兵士ではないかと思われるものだった。
「侵入者だな……」
レオンが静かに呟いた次の瞬間、侵入者たちが動き出した。彼らは封印のある方向へ向かおうとしていた。
「許すわけにはいかない……!」
ティアラは胸のペンダントを握りしめながら、決意を固めた。この瞬間、彼女の中に眠っていた力が再び目覚めるような感覚が広がっていった。
レオンと共に侵入者に立ち向かいながら、ティアラはこの試練を乗り越える決意を新たにしていた。