ヘルヴィンが打倒され、隣国の陰謀が完全に崩れ去った後も、ハロルド公爵家の問題が全て解決したわけではなかった。この地に降りかかる重い空気――それは封印を守り続けてきた代償として、公爵家にかけられた呪いの影響だった。
「封印の力が安定したとはいえ、この呪いが解けない限り、私たちに平穏は訪れないわ……」
ティアラは封印の扉を見つめながら呟いた。ペンダントの光は以前よりも柔らかく、穏やかに輝いていたが、何かがまだ完全ではないという感覚が胸を締め付けていた。
レオンもまた、そのことを理解していた。彼は館の図書室で封印の記録を調べ続け、解決の糸口を探していた。これまで冷静に振る舞ってきた彼の表情にも、わずかな焦りが見えた。
「この呪いを解くには、封印に隠された本当の意味を解明する必要がある。それができなければ、この家の未来はない」
レオンはそう言いながら、古い文献を手に取った。その横でティアラもまた、静かに資料を読み込んでいた。
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やがて、ティアラの手が一冊の古い本のページで止まった。その記録には、封印を守る者にかけられる呪いについて書かれていた。
「『封印を守る者の血筋には、力と共に重い呪いが宿る。その呪いを解くには、真の鍵が封印と一つになる必要がある』……」
ティアラは声を出してその一文を読み上げた。その言葉に、レオンが顔を上げた。
「真の鍵……?」
レオンの問いかけに、ティアラは頷いた。そして、手元のペンダントを握りしめた。
「このペンダントがその鍵なのかもしれません。でも、どうやって封印と一つにすればいいのか……」
彼女の声には戸惑いが混じっていた。ペンダントが重要な役割を果たすことは間違いないが、その具体的な方法がわからないのだ。
「ヒントは封印の扉そのものにあるはずだ。扉の紋様をもう一度詳しく調べてみよう」
レオンの提案に、ティアラは即座に同意した。
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二人は封印の扉の前に立ち、その紋様を一つ一つ確認していった。扉には複雑な模様が刻まれており、その中央にはペンダントと同じ形の窪みがあった。
「ここにペンダントをはめ込むのが第一歩でしょう。でも、その後は……?」
ティアラが問いかけると、レオンは扉全体を見渡しながら答えた。
「おそらく、封印の力を解放しつつ呪いを解くには、ペンダントの光を封印全体に行き渡らせる必要がある。だが、それにはお前自身の力が必要だ」
「私の力……?」
ティアラは驚いた表情を浮かべたが、レオンは真剣な目で彼女を見つめていた。
「お前がこのペンダントを持っているのは偶然ではない。封印の力を安定させるためには、お前の意思と覚悟が必要だ」
その言葉に、ティアラは深く頷いた。自分がこの家に来たのは運命であり、この役割を果たすためだったのだと感じていた。
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ティアラはペンダントを窪みにはめ込み、深呼吸をした。扉全体が淡い光を放ち始め、その光が彼女の胸へと流れ込むような感覚が広がった。
「ティアラ、焦るな。自分を信じろ」
レオンの言葉に励まされながら、ティアラは目を閉じ、心の中で封印に語りかけた。
「この家を守るために、私の力を使ってください……」
その瞬間、ペンダントが強く輝き、封印全体を覆うように光が広がった。眩い光が周囲を包み込み、ティアラとレオンはその中心に立っていた。
光が収まると、扉の紋様が変化し、穏やかな輝きを放つようになった。そして、空気が一変した。これまで感じていた重苦しい雰囲気が消え去り、代わりに清々しい静けさが広がっていた。
「これは……呪いが解けたのか?」
レオンが驚きの声を上げた。彼の表情はどこか安堵しているように見えた。
「ええ、きっと……封印は守られ、呪いも解放されたのだと思います」
ティアラの声には喜びが滲んでいた。彼女の中に宿っていた力が、ついにその使命を果たしたのだ。
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その後、館に戻った二人を迎えたのは、使用人たちの笑顔だった。呪いが解けたことで館全体の空気が変わり、長い間続いていた不安が消え去ったのだ。
「ティアラ様、本当にありがとうございました!」
使用人たちが次々に感謝の言葉を口にし、ティアラの周りに集まった。彼女は微笑みながらその言葉を受け止めた。
「これも皆さんの支えがあったからです。これからも、この家を一緒に守りましょう」
彼女の言葉に、使用人たちは深く頷き、再び士気を高めた。
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その晩、ティアラは自室でペンダントを手に取り、静かに微笑んだ。この小さな宝石が、彼女にとってかけがえのない存在になったことを実感していた。
「私はこの家で、新しい人生を歩んでいきます……」
月明かりに照らされる中、ティアラの心は静かに希望で満たされていた。
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