館にかけられていた呪いが解けてから数日が経った。隣国の脅威は去り、館は穏やかな空気を取り戻していた。使用人たちの顔にも明るい笑顔が増え、かつての重苦しさはすっかり消え去っていた。
ティアラは久しぶりに平穏な時間を過ごしていたが、その心はどこかそわそわしていた。呪いの解放という大きな試練を乗り越えた後、これからの自分の役割について考えずにはいられなかった。
そんなある日の夕方、ティアラは庭園で本を読みながら過ごしていた。春の柔らかな風が花々を揺らし、心を穏やかにしてくれる。だが、彼女の頭には、封印の扉の前で感じた感情がずっと残っていた。
「私がこの家に来たのは、運命だったのかもしれない。でも、それだけではない気がする……」
ティアラは小さな声で呟きながら、本を閉じた。ふと顔を上げると、庭園の奥から歩いてくるレオンの姿が目に入った。
彼はいつもの冷静な表情を浮かべていたが、その歩みはどこか慎重で、彼が何かを考えていることを物語っていた。
「公爵様……?」
ティアラが立ち上がると、レオンは足を止め、静かに彼女を見つめた。その瞳には、これまでとは違う温かさが宿っているように感じられた。
「話がある。少し時間をもらえるか?」
彼の言葉に、ティアラは驚きながらも頷いた。彼がこんな風に自ら話を持ちかけてくるのは珍しいことだった。
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二人は庭園の一角にある小さなベンチに腰を下ろした。周囲には色とりどりの花が咲き誇り、穏やかな風が吹き抜けていた。だが、その静けさがかえって緊張感を高めているように思えた。
「この家の呪いが解けてから、俺はずっと考えていた」
レオンが口を開くと、その声はいつになく柔らかかった。
「ティアラ、お前がこの家に来てから、俺たちの間には多くの困難があった。最初はお前のことを一人の役目を持つ者としてしか見ていなかった。だが、今回の試練を共に乗り越える中で、俺の中でお前への見方が変わった」
ティアラは驚きのあまり息を呑んだ。レオンがこんなにも率直に感情を口にするとは思っていなかった。
「お前がいなければ、この家は滅んでいたかもしれない。俺自身も、お前の力と覚悟に何度も助けられた。そして気づいたんだ……お前は俺にとって、ただの婚約者ではない。もっと大切な存在だと」
彼の言葉に、ティアラの胸は強く高鳴った。これまで冷たく距離を感じさせていた彼が、今、自分に心を開いている。それが信じられないような、しかし嬉しいような複雑な感情が胸を満たした。
「公爵様……」
ティアラが口を開こうとしたとき、レオンは続けた。
「俺はお前を守りたい。そしてお前と共に、この家をより良いものにしていきたい。だから……」
彼は一呼吸置き、彼女をまっすぐに見つめた。
「ティアラ、俺はお前を愛している。お前が望むなら、これからもずっと隣にいてほしい」
その言葉は、彼の真剣な思いが込められた告白だった。ティアラは目を大きく見開き、しばらく言葉を失った。だが、次第に彼女の顔には笑みが浮かび、頬が赤く染まっていった。
「ありがとうございます……公爵様。いえ、レオン様」
彼女が初めて名前で呼んだその瞬間、レオンの目がわずかに見開かれた。
「私も……レオン様の隣で生きていきたいと思っています。これまでの困難を共に乗り越えたからこそ、あなたと共に未来を作りたいと心から思っています」
ティアラの言葉に、レオンは小さく息をつき、穏やかな微笑みを浮かべた。それは彼が初めて見せた、心からの笑顔だった。
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その後、二人は長い間静かに庭園を歩いた。特別な言葉を交わさなくても、お互いの存在が何よりの安心感を与えてくれる。これまでとは違う絆が芽生えたことを二人とも感じていた。
日が沈み、空が茜色に染まる中、ティアラはふと立ち止まり、レオンを見上げた。
「私、今とても幸せです。あなたに愛されていると感じられて……これからも一緒に歩んでいきたいです」
レオンは彼女の言葉に微笑み、そっと彼女の手を握った。
「もちろんだ。お前はもう、俺にとって欠かせない存在だ」
その瞬間、庭園の花々が風に揺れ、二人を祝福しているかのようだった。ティアラとレオンの絆は、これまでの困難を乗り越えたことで、何よりも強いものとなったのだった。