リーネとルーカスは、クラリッサの陰謀の証拠を手に入れるための行動を進めていたが、その影響は徐々に広がりつつあった。一方、クラリッサの悪行を知らないアルトゥールは、依然として彼女の甘言に惑わされていた。しかし、夜会でのリーネの堂々とした姿を見た後、彼の中には微かな疑念が生まれ始めていた。
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「リーネがあそこまで強い女性だったとは思わなかった……。」
アルトゥールは公爵家の書斎で、一人静かに考え込んでいた。彼は婚約破棄の際、リーネの涙を見たかったのだ。それは自分の優位性を確かめるための愚かな考えだった。しかし、リーネは彼の期待を裏切り、毅然とした態度で婚約破棄を受け入れた。
「彼女は本当に僕に必要な存在ではなかったのか……?」
そう自問するうちに、アルトゥールはクラリッサとの関係に対しても不安を感じ始めていた。
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その日、アルトゥールはクラリッサを邸宅に招き、いつものように甘い時間を過ごそうとしていた。しかし、彼の心は落ち着かず、何かがおかしいと感じていた。
「アルトゥール様、どうかしましたの?」
クラリッサは彼の表情の変化に気づき、首を傾げながら問いかけた。
「いや、何でもない。ただ、最近リーネの話題を耳にすることが増えてね。」
アルトゥールは曖昧に答えたが、クラリッサの表情が一瞬強張るのを見逃さなかった。
「リーネ様のことなど、もうお気になさらなくてもよいのでは? あなたにふさわしいのは私ですわ。」
クラリッサは微笑みを浮かべながらも、どこか焦った様子だった。
「そうだな……。」
アルトゥールは彼女の言葉に頷きながらも、その内心は複雑だった。クラリッサの微妙な変化に気づき、彼女に対する信頼が揺らぎ始めていた。
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数日後、アルトゥールはある情報を耳にした。それは、クラリッサがエドガーという商人と密会を重ね、彼の資金を利用して貴族社会に影響を与えようとしているという噂だった。
「そんな馬鹿な……。」
アルトゥールはその噂を信じることができなかったが、確かめずにはいられなかった。彼は密かにクラリッサの行動を調べ始めた。
すると、驚くべきことに、彼女がエドガーとの取引に関与している証拠がいくつも見つかった。特に、アルトゥール自身の資金が使われていることを示す書類を見たとき、彼は深い絶望に陥った。
「僕は、完全に彼女に利用されていたのか……?」
彼の胸には怒りと後悔が渦巻いていた。自分がリーネを裏切り、クラリッサを選んだ結果がこれだという事実を認めざるを得なかった。
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アルトゥールは、ついにリーネと直接話をする決意を固めた。彼女が真実を知っている可能性が高いと考えたからだ。彼はセレーネ家を訪れ、リーネに会うことを申し出た。
その日、リーネは応接室でアルトゥールを迎えた。彼女は彼の突然の訪問に驚きつつも、冷静な態度を保っていた。
「どうされましたか、アルトゥール様?」
リーネの声は穏やかだったが、その中には冷たさも含まれていた。
「リーネ、僕は……僕は君に謝りたい。」
アルトゥールは彼女の目をまっすぐに見つめた。
「謝罪ですか? それは一体、何に対してでしょう?」
リーネは彼を試すように問いかけた。
「僕が君を裏切り、クラリッサを選んだことだ。彼女のことを信じ、君を軽んじたのは間違いだった……。」
アルトゥールは頭を下げた。その姿は、これまで彼女が見たことのないほどの後悔に満ちていた。
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しかし、リーネは表情を変えなかった。
「アルトゥール様、あなたが謝罪する必要はありません。私はもう、過去に縛られるつもりはありませんから。」
彼女の言葉に、アルトゥールはショックを受けた。彼女が本当に自分を必要としていないと悟ったのだ。
「リーネ……僕にもう一度だけ、チャンスをくれないか?」
アルトゥールは必死に訴えた。
しかし、リーネは静かに首を振った。
「いいえ、アルトゥール様。私はもう、自分の人生を歩んでいます。あなたが私に戻ることを望む理由が何であれ、それは私の未来には関係ありません。」
彼女の断固とした態度に、アルトゥールは声を失った。そして、自分が失ったものの大きさに気づき、ただ立ち尽くすしかなかった。
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アルトゥールが去った後、リーネは深いため息をついた。彼の謝罪が全てを解決するわけではないが、それでも彼女の心に微かな満足感があった。それは、自分が彼に振り回される存在ではなく、対等以上の立場でいられることを示せたからだ。
「これでいいのよ。私はもう、自分の道を進むだけ。」
リーネはそう呟き、再び次の計画に取り掛かる決意を固めた。