マイア孤児院は、７年前にできた小さな孤児院だ。

　まだ成人した子供はいない。

　僕を含めた６歳以上の子は、孤児院を出て冒険者学園の寮に移り住んでいる。

　この国の多くの孤児院は、貴族から多額の寄付を受け取る代わりに、奴隷として子供を売り渡す。

　けれどマイア孤児院は、子供の売買を拒否しているので貴族の支援は無い。

　マイア孤児院の運営費は、冒険者である院長の私費で賄われている。

　だから他の孤児院よりも貧しくて節約生活だけど、売り飛ばされたりしないから安心して暮らせるよ。

「うわ、あいつらまた来てる」

　アトラスが小声で言う。

　孤児院の近くまで歩いて行くと、見慣れた粗末な木造の建物が視界に入る。

　その門前に、派手な服を着た太ったオジサンと黒服のオジサンがいるのが見えた。

　院長の娘のミィファさんが、怒った様子で何か話している。

「タダで譲れとは言わん、金貨１００枚出そう。あの子にはそれだけの価値がある」

「養女として迎えてくれるのでなければ、あの子をお渡しすることはできません！」

　更に近付くと、そんな会話が聞こえてきた。

　向こうは話に夢中でこちらに気付いていない。

　太ったオジサンは奴隷商のユピテルさん。

　これまでも何度かここに来て、見た目の良い子供を売れと言っている人だ。

　金貨１００枚って、一体誰に目を付けたんだろう？

　僕にも値段を付けてきたことがあるけど、金貨５０枚って言ってたな。

「『あの子』って、誰のこと？」

「多分、昨日来た子のことかな。綺麗な金髪の可愛い女の子だよ」

　スバルも気になったのか、小声で聞いている。

　聞かれたアトラスが、新入り情報をくれた。

「奴隷の売買はこの国では合法だ。何を嫌悪しているんだかサッパリ分からんよ」

「犯罪者が奴隷になるならともかく、罪の無い子供たちを奴隷にするなんて、父も私も受け入れられません。お帰り下さい」

　呆れ顔で言うユピテルさんに、ミィファさんは強い意志を示すようにピシャリと言い返す。

　ようやく諦めたのか、ユピテルさんと黒服オジサンは帰っていった。

「おや、アルキオネくんじゃないか。学校はどうだい？　勉強が嫌になったらいつでもオジサンのところへおいで」

「いえ、勉強は凄く楽しいので続けます」

　帰り際、ユピテルさんはこちらを見てニッコリ笑って言う。

　でも目は笑ってなくて、まるで商品をチェックするように顔を見た。

　スバルが冷静に受け答えしている。

　僕だったらあのネットリした目つきが不気味で怯えていたかもしれない。

「ミィファお姉ちゃん！」

「アルがお菓子を買ってくれたよ！」

「ほら見て、こんなにいっぱい！」

「アル、スライム倒したんだって！」

「みんなでお菓子パーティしてもいい？」

　ユピテルさんたちの姿が見えなくなると、アトラスたちがミィファさんに駆け寄った。

　５人が口々に言うのを、ミィファさんはキョトンとしながら聞いている。

「アル、もう魔物を狩れるの？」

「うん。スライムくらい楽勝だよ」

　ミィファさんに訊かれて、スバルが得意気に答えた。