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第9話:談話室の見知らぬ本

「アルは夕飯済んでるの?」

「学食で食べたよ」

「じゃあ、みんなの夕飯が済むまで談話室で待っててね」

「うん」


 孤児院のみんなは夕飯がまだだったので、俺は談話室で待つことになった。

 談話室には、院長が子供たちのために買ってきた絵本が置いてある。

 アルキオネもここの絵本から読み書きを覚えたので、内容を知っている本が多い。


(あれ? この本は初めて見るやつだ)


 知ってる絵本に混じって、知らない本が1つ。

 暇つぶしにちょうどいいから、俺はその本を読んでみた。


(この国の文字じゃないな)


 その本は異国の文字で書かれている。

 院長が外国で買ってきた本か?

 絵本だから文字が分からない子供たちも見て楽しめそうだ。

 俺は女神様から言語理解のパッシブスキルを付与されているので、難なく読むことができる。

 それは、光魔法で人々を救う聖女の話だった。


(お! これって回復系の魔法文字?!)


 しばらく読み進めると、聖女が人々に回復魔法を使うシーンになり、聖女の台詞として魔法文字が書いてあった。

 つまり魔法書になるわけだが、聖女の魔法は光属性で、一般人には適正が無いので覚えることはできない。


(俺なら覚えられるかな?)


 好奇心を刺激されつつ、俺は魔法文字を指先でなぞる。

 転生者特典で、俺は光を含む全属性に適正をもっていた。

 期待通り、俺の指先が触れた魔法文字が光り、脳内に魔法の術式が流れ込んでくる。


(できた! 回復魔法ゲット!)


 まさか孤児院の談話室にある本から回復魔法を得られるとは。

 これで今後ダンジョンで怪我をしてもポーションを使わずに済む。

 普通の人なら魔力回復にマジックポーションが必要になるけど、アルキオネの身体は魔力∞なので尽きることは無い。


(早速使ってみるか)


 この世界の魔法は、詠唱があってもなくてもイメージができれば発動する。

 俺はアニメやゲームの回復系魔法イメージを思い浮かべられるけど、今回は絵本の挿絵を参考にしよう。

 手近なところで試そうと思い、俺は頬に残る擦り傷混じりの痣に片手を翳してみた。


治癒サナティオ


 小声で短く唱えた言葉は、絵本の中にある聖女の真似だ。

 翳した片手から金色の光の粒子が湧き出て、傷を覆う。

 温かさを感じたと思ったら、傷の痛みが完全に消えた。


「どうして光魔法が使えるの?!」

「ぅえっ?!」


 魔法の発動に成功して喜ぶ暇も無く、後ろから誰かの声がする。

 びっくりして変な声出ちゃったよ。

 振り返ると、談話室の出入り口からこちらへ向かってスタスタ歩いてくる女の子が視界に入った。


(あ、金貨100枚の子だ)


 直感的に俺はそう思う。

 奴隷商人ユピテル評価額、金貨100枚とはこの少女に違いない。


 緩やかにウエーブした長い黄金の髪。

 長い睫毛に縁どられた、翡翠のような緑の瞳。

 白い肌に覆われた顔は美しく整っていて、孤児らしくない気品が漂う。


「ねえ教えて。あなたは聖女なの?」

「えっ?! ち、違うよ」


 美少女が歩み寄ってきて、俺の前にしゃがんで顔を見上げてくる。

 まさか人に見られるとは思わなくて、俺は少々慌ててしまった。


「違うの? 聖女じゃないの?」


 と訊きながら、両手で俺の顔を挟んでジーッと見るの勘弁してほしい。

 近い、近いよ。まだ名前知らない金貨100枚さん。


「光魔法が使えて、顔もこんなに綺麗なのに」

「お……僕は男だよ」


 金貨100枚の美少女が、金貨50枚の少年の顔を綺麗とか言うのは間違っている気がするぞ。

 うっかり「俺」と言いそうになるのを踏みとどまりつつ、男であることを主張してみた。


「えっ? 男なの?」

「うん。僕はアルキオネ、みんなはアルって呼ぶからそれでいいよ。君の名前は?」


 どうやら完全に女と間違われていたようだ。

 アルキオネも肌は白いし、優しそうな顔立ちなので少女っぽく見えるかもしれない。

 俺はとりあえず自己紹介&相手の名前を聞いてみた。

 年齢は5~6歳に見えるが、女性に歳を聞くのはやめておこう。


「私はセラフィナ。セラと呼んで。聖女じゃないなら、どうしてさっき光魔法を使っていたの?」

「この本のこの文字に触れたら、なんか使えるようになったんだよ」


 セラが正面から隣へ移動して並んでソファに座る。

 俺は絵本の魔法文字があるページを開いて見せた。


「アル、これは古代の魔法文字よ。あなたはこれが読めるの?」


 セラが真剣な顔で問いかけてくる。

 魔法文字から魔法を習得するには、その文字が理解できることが第一条件だ。

 俺が古代魔法文字を読めることを、セラに気付かれてしまった。


「うん、読めるよ。セラも読めるの?」


 正直に答えつつ、俺はセラがかなり高い教育を受けた子だと察する。

 仕草にも品があるし、彼女は貴族かそれ以上の地位の家庭で育ったのかもしれない。

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