街のほとんどの人々が眠る真夜中。
スバルとセラフィナが予想した通り、侵入者はやってきた。
2階の窓の外側に人影がヌッと現れるのを見たら、大抵の人は驚くんじゃないかな?
それが夜なら、驚き以上に恐怖を感じる。
音もなく窓を開けて、誰かが室内に入ってきた。
暗くて顔は見えないけど、体格は昼間に見た護衛騎士に似ている。
(ホラーハウス並みの恐怖だな)
ベッドの陰に隠れながら、スバルが心の中で呟く。
僕だったら悲鳴を上げてしまったかもしれない。
身体の支配権をスバルに独占されていて良かった。
入ってきた不審者は、そろりそろりとベッドに歩み寄る。
スバルは気付かれないように、ベッドの向こう側でじっと様子を窺っている。
騒がれずに連れ去りたいなら、人攫いはどう動くのか?
答えはすぐに分かった。
人攫いはセラフィナを掛布団に巻き込むようにして、そのまま大きな布袋に放り込むという手段に出たんだ。
そうすれば目を覚まして叫んでも、声は布団や布袋に阻まれて他の部屋まで届かない。
筋力に優れた護衛騎士は、布袋を担ぎ上げてベッドから離れた。
(今だ!)
スバルは侵入者がベッドに背を向けた瞬間を狙い、スライムアタックを放つ。
何回か使ったおかげでスキルレベルが上がってLv2になっていた。
男爵の眉間に連続ヒットしたのもLv2だったからだろう。
手乗りサイズのスライムは、侵入者の後頭部に連撃を食らわして昏倒させた。
(スライムアタックがここまで役立つとは思わなかったぜ)
倒れて動かなくなった侵入者を見下ろしてスバルは心の中で呟く。
うん、僕も同感だよ。
トレミーたちは「かけだしダンジョンの宝箱スキルなんてゴミだ」とか言って習得しなかったけどね。
スバルは隣に隠れていたセラフィナの手を引いて立ち上がらせた。
「よし、ミィファさんに報せに行こう」
「ええ」
スバルとセラフィナは急いでミィファさんの部屋へ向かった。
孤児院は2階建てで、スタッフの部屋は1階にある。
気絶した侵入者が倒れた音に気付き、ミィファさんはランプを手に2階の様子を見に来るところだった。
「2人とも、今の物音はなぁに?」
「セラの部屋に泥棒が入ったんだ!」
「えっ?!」
「早く来て!」
スバルに手を引っ張られて、ミィファさんは驚きながら2階へ行く。
ミィファさんが持ってきたランプで室内を照らすと、最初に見えたのは掛布団が無いベッドだった。
「え? 布団泥棒?」
不思議そうに言うミィファさんが床に明かりを向けると、倒れている男と大きな布袋が見えた。
ヒッ! と短い悲鳴を上げるミィファさんも、僕たちも、昼間に見た覚えがある人が横たわっている。
ハーフプレートメイルは着ていないけど、侵入者は間違いなくバロウズ男爵の護衛騎士だった。
「シュスペさん? どうしてセラの部屋に……」
「ミィファさん、警備兵に調べてもらった方がいいよ」
困惑しつつもスバルに急かされて、ミィファさんはすぐに近くの警備小屋へ走って行った。
それを待つ間にスバルが窓の外を覗くと、作業用の梯子が立てかけられている。
侵入者はそれを使って2階の窓から入ってきたらしい。
シュスペという護衛騎士は、駆け付けた警備兵によって気絶したまま連行された。
警備兵がシュスペの横に落ちている大きな布袋を開けてみると、セラのベッドから引き剥がされた掛布団と、それに包まれるように丸めた毛布が出てくる。
「こんな物を盗んでどうするつもりなんだ?」
「売っても大した金にはならないだろうに」
窃盗犯罪の証拠品として布袋とその中身を押収した警備兵たちは、怪訝な顔をしながら帰っていった。
翌朝。
シュスペは不法侵入と窃盗の罪で投獄された。
けれど、その主人であるバロウズ男爵は王都から姿を消していたらしい。
シュスペがセラフィナを連れて来ないから、まずいと思って逃げたんだなとスバルは予想している。
「あの人はセラのパパじゃない。セラを虐待する家族に雇われて迎えに来たんだよ」
「すまんミィファ、話しておくべきだったな。セラは親に虐待されて森へ逃げ込んでいたのを保護した子なんだ」
バロウズ男爵をセラフィナのパパだと思っていたミィファさんには、プレア語が未熟なセラフィナに代わってスバルが説明した。
ちょうど遠征から帰ってきたバラン院長も言う。
「私、ちょっと人間不信になりそう……」
そう言って、ミィファさんは青ざめていた。