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第26話:娼館の女主人ユノ

 スバルが生きた世界の記憶には「噂をすれば影がさす」という諺がある。

 噂話をしていると偶然に本人が現れたりするから気を付けろよ、みたいな意味らしい。

 モントル時計店でユピテルさんの話をした後、街で買い物を済ませて孤児院へ行ったらユピテルさん本人がいた。

 他にも5人、うち1人はミィファさんだ。

 孤児院の門前に立つミィファさんは、困り顔でユピテルさんたちの話を聞いている。


「うちの子に怪我をさせるなんて、一体どういう教育をしているの?」

「アルは理由もなく他人を傷つけるような子じゃありません。何かの間違いではないですか?」

「あんたがそんな風に擁護するからつけあがるんじゃないの?」


 ユピテルさんの隣には、不機嫌そうに声を荒らげる知らない女の人がいた。

 露出の多い真紅のドレスを着て、真っ赤な口紅をした女の人は、ミィファさんをキッと睨みつけている。


「息子たちに話を聞いたら、素行が悪くてパーティを追放されたのに、逆恨みして熱いお茶が入ったティーカップを投げつけたそうじゃないか」


 と言うユピテルさんは怒っているというよりは、呆れているという感じ。

 2人と一緒に、トレミー、スーフィー、ハインドもいた。


「そういう子はしっかり躾けないとロクな大人にならないわ。あんたが躾けられないなら私によこしなさい! しっかり躾けてやるから!」

「ユノさんの言う通りだよ。いっそ彼女に預けたらどうだい? アルキオネは綺麗な容姿をもつ子供だから、娼館の男娼として教育を受けたらいいんじゃないか?」


 ユピテルさんの言葉で、ドレスの女の人の名前が分かった。

 「娼館」って何かは、今まで知らなかったけど。

 スバルの知識が入ったおかげで、今は僕にも分かる。

 6歳の子供が教育を受けていい場所じゃないと思うよ。


(躾けるなら自分の子供からやれよ)


 ユノさんが言うことに、スバルは心の中でツッコミを入れた。

 ユノさんの子供は多分ハインドだろう。

 怪我をしたといっても鼻筋に少し痣ができただけだし。

 お茶は熱いといっても熱湯じゃないから水ぶくれはできていない。


「それにあの子は能力値が低すぎて、冒険者には向かないそうだよ。上級生の優しさに甘えて寄生するより、奴隷として生きた方が安全じゃないか?」


 親切なフリをして言うユピテルさん。

 彼は、トレミーたちに見られた基礎ステータスチェック表の内容を知っているみたいだ。

 スバルが入って上昇した能力値は知らないだろうけどね。


(こっちが黙ってるからって、嘘ばっかり言いやがって)


 心の中で、スバルが怒り始める。

 もう黙っていられなくなったらしい。

 スバルは早足で歩いていって、ユピテルさんたちとミィファさんの間に割り込んだ。


「片方の言うことだけ聞いて、真実を知ろうとしないのはどうかと思いますよ」

「アル?!」


 普段の僕とは違う、大人みたいな口調。

 ミィファさんがビックリしている。


「ミィファさん、これを持ってチビッコたちのところへ行って下さい」

「えっ? でも……」

「大丈夫、クレーマー対応はお任せ下さい」


スバルは買ってきた串焼きが入った紙袋をミィファさんに手渡し、建物の中へ入るように促す。

ミィファさんは困惑しつつもそれに従い、紙袋を持って子供たちのところへ向かった。


「なによ、生意気な子ね」


 ユノさんがこちらに視線を向けて睨んでくる。

 でも、スバルは怯まない。


「ハインドの怪我は、俺に投げつけたカップがスキルで反射されたからです。つまり正当防衛ってことですね。本当かどうか試してもいいですよ。石でも投げつければ分かるでしょう」


 スバルは静かに怒っている。

 怒り過ぎて一人称が「僕」から「俺」に変わっちゃったよ。


「そう。なら試してあげるわ!」


 ユノさんは目の端を吊り上げて怒鳴り、足元の小石を拾うとスバルめがけて力いっぱい投げつけた。

 スバルは予測しているから、既にスライムガードを展開している。

 小石は弾力のある防壁に反射され、ユノさんの鼻筋に激突した。


「か、母さん?!」


 鼻血を垂らしながら顔を片手で覆うユノさんを見て、ハインドがギョッとして叫ぶ。

 ユノさんはこちらを睨みながら、ポケットからハンカチを出して鼻を押さえた。


「能力値が低すぎて冒険者には向かない? ならそれも試したらどうですか?」

「だったら俺たちが試してやるよ!」

「よくも母さんを傷つけたな!」


 ユノさんの睨みを静かな威圧で返し、スバルは言う。

 挑発に乗って、トレミーがゲンコツを振り上げてダッシュした。

 ハインドもユノさんの敵討ちみたいに殴り掛かってくる。


「顔には傷をつけるなよ。価値が下がるからな」


 ユピテルさんはこんな場面でも、商品を見るような目でこちらを見ながら言う。

 かけだしダンジョンでスバルが風魔法を使ったのを見ているスーフィーだけは、警戒したのか襲ってこなかった。

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