スバルが生きた世界の記憶には「噂をすれば影がさす」という諺がある。
噂話をしていると偶然に本人が現れたりするから気を付けろよ、みたいな意味らしい。
モントル時計店でユピテルさんの話をした後、街で買い物を済ませて孤児院へ行ったらユピテルさん本人がいた。
他にも5人、うち1人はミィファさんだ。
孤児院の門前に立つミィファさんは、困り顔でユピテルさんたちの話を聞いている。
「うちの子に怪我をさせるなんて、一体どういう教育をしているの?」
「アルは理由もなく他人を傷つけるような子じゃありません。何かの間違いではないですか?」
「あんたがそんな風に擁護するからつけあがるんじゃないの?」
ユピテルさんの隣には、不機嫌そうに声を荒らげる知らない女の人がいた。
露出の多い真紅のドレスを着て、真っ赤な口紅をした女の人は、ミィファさんをキッと睨みつけている。
「息子たちに話を聞いたら、素行が悪くてパーティを追放されたのに、逆恨みして熱いお茶が入ったティーカップを投げつけたそうじゃないか」
と言うユピテルさんは怒っているというよりは、呆れているという感じ。
2人と一緒に、トレミー、スーフィー、ハインドもいた。
「そういう子はしっかり躾けないとロクな大人にならないわ。あんたが躾けられないなら私によこしなさい! しっかり躾けてやるから!」
「ユノさんの言う通りだよ。いっそ彼女に預けたらどうだい? アルキオネは綺麗な容姿をもつ子供だから、娼館の男娼として教育を受けたらいいんじゃないか?」
ユピテルさんの言葉で、ドレスの女の人の名前が分かった。
「娼館」って何かは、今まで知らなかったけど。
スバルの知識が入ったおかげで、今は僕にも分かる。
6歳の子供が教育を受けていい場所じゃないと思うよ。
(躾けるなら自分の子供からやれよ)
ユノさんが言うことに、スバルは心の中でツッコミを入れた。
ユノさんの子供は多分ハインドだろう。
怪我をしたといっても鼻筋に少し痣ができただけだし。
お茶は熱いといっても熱湯じゃないから水ぶくれはできていない。
「それにあの子は能力値が低すぎて、冒険者には向かないそうだよ。上級生の優しさに甘えて寄生するより、奴隷として生きた方が安全じゃないか?」
親切なフリをして言うユピテルさん。
彼は、トレミーたちに見られた基礎ステータスチェック表の内容を知っているみたいだ。
スバルが入って上昇した能力値は知らないだろうけどね。
(こっちが黙ってるからって、嘘ばっかり言いやがって)
心の中で、スバルが怒り始める。
もう黙っていられなくなったらしい。
スバルは早足で歩いていって、ユピテルさんたちとミィファさんの間に割り込んだ。
「片方の言うことだけ聞いて、真実を知ろうとしないのはどうかと思いますよ」
「アル?!」
普段の僕とは違う、大人みたいな口調。
ミィファさんがビックリしている。
「ミィファさん、これを持ってチビッコたちのところへ行って下さい」
「えっ? でも……」
「大丈夫、クレーマー対応はお任せ下さい」
スバルは買ってきた串焼きが入った紙袋をミィファさんに手渡し、建物の中へ入るように促す。
ミィファさんは困惑しつつもそれに従い、紙袋を持って子供たちのところへ向かった。
「なによ、生意気な子ね」
ユノさんがこちらに視線を向けて睨んでくる。
でも、スバルは怯まない。
「ハインドの怪我は、俺に投げつけたカップがスキルで反射されたからです。つまり正当防衛ってことですね。本当かどうか試してもいいですよ。石でも投げつければ分かるでしょう」
スバルは静かに怒っている。
怒り過ぎて一人称が「僕」から「俺」に変わっちゃったよ。
「そう。なら試してあげるわ!」
ユノさんは目の端を吊り上げて怒鳴り、足元の小石を拾うとスバルめがけて力いっぱい投げつけた。
スバルは予測しているから、既にスライムガードを展開している。
小石は弾力のある防壁に反射され、ユノさんの鼻筋に激突した。
「か、母さん?!」
鼻血を垂らしながら顔を片手で覆うユノさんを見て、ハインドがギョッとして叫ぶ。
ユノさんはこちらを睨みながら、ポケットからハンカチを出して鼻を押さえた。
「能力値が低すぎて冒険者には向かない? ならそれも試したらどうですか?」
「だったら俺たちが試してやるよ!」
「よくも母さんを傷つけたな!」
ユノさんの睨みを静かな威圧で返し、スバルは言う。
挑発に乗って、トレミーがゲンコツを振り上げてダッシュした。
ハインドもユノさんの敵討ちみたいに殴り掛かってくる。
「顔には傷をつけるなよ。価値が下がるからな」
ユピテルさんはこんな場面でも、商品を見るような目でこちらを見ながら言う。
かけだしダンジョンでスバルが風魔法を使ったのを見ているスーフィーだけは、警戒したのか襲ってこなかった。