「父上……母上……」
マギはベッドの上でまどろんでいた。
卵を抱えて。
元服に失敗した時。
弟妹にいじめられた時。
低気圧にやられた時。
マギはいつもこうだった。
――大きなお城も、美味しいご飯も、大勢のメイドも要らない。父上、母上、余は……。
夢に見るのは両親の幻影。
甘ったれの少年の頬に涙が伝う。
「自由になりたかったら、この卵を割って」
母親の残した言葉が脳に響く。
マギはぎゅっと卵を抱き締めた。
「……助けて……」
「マギ様ーーーーー!!!!」
ノックもなしに侍従長の神葉がマギの部屋に入ってきた。
マギの憂鬱?
神葉にとって心底見飽きた光景だった。
「起きる時間っすよ!」
「うぅ……ご飯の時間か?」
「どんだけ食いしん坊なんすか。そんなことよりマギ様、追放っすよ」
「……へ?」
「この城から出て行けって家族会議で決まったっす」
「……」
さすがに一瞬で目が覚めるマギだった。
城の跡とりになるには必須資格がある。
元服。
大人として認められてもいないような者が、領民から、世間から、国家から、城主として認められるであろうか。
いい年をして元服すらできない放蕩息子には、追放という運命あるのみ。
かと言ってマギのように着替えすらままならないポンコツに一人で生きる術はない。
「神葉、そちは……」
「わしはマギ様にどこまでもついて行くっすよ」
こっそり、ほっとするマギ。
そして不満を募らせる。
「だが余以外の弟妹とて元服を済ませていないではないか!」
「済ませてるっすよ」
「……」
「マギ様のご弟妹は皆様、ヤットーのお稽古もされてますし、お勉強の成績も優秀ですし、ユーモアもおありっす」
「ふん。城主にユーモアセンスなど不要であろう」
「いつも夜会でふんぞり返ってるだけのマギ様よりよっぽどましっすね」
「……」
「んじゃ今すぐ荷物まとめていくっすよ。あと、ご弟妹の皆様にご挨拶っす」
「……うむ……」
* *
「まず父上からか……」
出立直前。
焦燥の表情を浮かべるマギ。
神葉は呆れた顔をして、
「何言ってんすか。親父さんは貴族院出席のために、江戸にいるっしょ」
「なら母上に……」
「……もうお亡くなりっすよ」
「なら兄上に……」
「お兄様もお亡くなりっす。オツムがまだダメみたいっすね、あんた」
「バカにするな!」
というわけで、第3子マグの元へマギは向かった。
「弟! 話がある!」
「マギ様、違います。マグ様は妹っす」
「妹! 話がある!」
ラバースーツに身を包むマグ。
鏡に映った自分にうっとりしていた。
「どしたー? 私今、自分にうっとりするのに忙しいよ」
「余は追放されるぞ」
「そうなんだー。お疲れー」
* *
次は第4子マゲ。
着用するドレスは派手だが、やっていることは裁縫の練習。
「余は追放されるぞ」
「そっかぁ。お城を出て行っても、めげずに頑張ってね」
* *
「余は――」
「うわっ! 急に何? ちょちょちょ、驚いたんだけど! びっくりするからノックくらいしてくださいまし!?」
第5子のマゴは慌てた様子。
着衣の乱れを直し、まるで何事も無かったかのように扇子を扇いで冷静を装う。
「余は追放されるぞ」
「あーはいはい。お疲れ様ですわ。平民としての人生、精々お頑張りあそばせ」
* *
最初からマギに居場所はなかった。
精神的に。
そして更に物理的に居場所をなくすことになった。
「余は今日の苦渋を忘れない。空を見ろ。余の境遇を悲しみ曇っているぞ」
「めっちゃ晴れてるっすね」
マギに用意されたお供は神葉ただ一人であった。
小汚ない卵を大事そうに抱える主君を冷たい目で見つめながら、神葉は急かす。
「ほら、出発するっすよ」
「……神葉、あれは何ぞ?」
「は?」
「あれは……妖怪ではないか?」
「え? ……あっ」
神葉は大きく目を見開いた。
マギの言う通り、空には妖怪が飛んでいた。
それも一匹ではない。
空を埋めつくすほど大量の妖怪。
「神葉、逃げるぞ」
「いや、そこは戦う決意するとこっしょ」