「マギ様、じたばたしないでくださいっす」
侍従長の神葉ギウデは主君である大工部マギの服を掴んで離さない。
「せっかく妖怪どもは城の方に向かっていたところだと言うのに!」
妖怪の大群は2人の方へと転進してしまった。
完全に狙われている。
小心者のマギは必死で逃げようとするが、神葉は刀に手を伸ばす。
「離せ、神葉! これは命令ぞ。余はちと用事を思い出した。行かねばならない」
「言い訳にすら知性が感じられないっすね」
「何を失礼な! あっ、あああ! 妖怪が目の前まで来たぞ!!!」
「大丈夫っす」
神葉は風を斬る如く、妖怪数匹をあっさり殺した。
「わしの〝尊刀〟アレキサンドライトが大工部家を守護るっすから」
確かに神葉は強かった。
無礼なくせに雇われている理由に納得のマギであった。
「じゃあ後は任せた。余は避難するゆえ」
「逃げちゃダメっすよ」
神葉はマギを自分のそばに置いて離さない。
守られるだけのマギ。
ただひたすらに目をつむることしかできなかった。
城や弟妹、メイド達がどうなろうと知ったことではない。
自分さえ傷つかなければそれでよい、と……。
「マギ様、やっぱ逃げてくだ――」
「へっ?」
突然の指示変更にマギは戸惑った。
目を開けると、神葉が勢いよく吹っ飛ばされていた。
「……あ……」
自分に向かって近づいてくるのは一匹の妖怪。
「ひいぃ。近寄るでない。余は公爵ぞ。早う立ち去……わははははは!」
マギ、大爆笑。
人間そっくりの妖怪なのだが、股間が鳥。
「なんと間抜けな! わはは。余を喜ばせるとはやりおる。褒美を取らせようか」
妖怪の股間に生える黒い鳥。
くねくねと身をよじる。
その様子に、やはりマギは笑いを禁じ得なかった。
「……」
一方で黒鳥を股間にぶら下げる妖怪は沈黙。
その赤い瞳が見つめるのはマギの抱える、
「ぼくの卵」
「……へっ?」
突如、黒鳥がぐいっと伸びた。
マギに向かって一直線。
――死にたくない!
その一心でマギは動いた。
自分が助かりさえすればいい、と。
まったく想定などしていなかったのだ。
つい両手に力を込めた結果、卵が割れ、その中身が自分の股間にべっちょり付着することなど……。
「むっ……!?」
瞬間、股間から脳へと違和感が走る。
「ふわあああぁぁぁぁああ!!!?!?!?」
今までに味わったことのない感覚。
体の内側から沸き上がった何かが股間から発射されるような。
白鳥。
「……えぇ……」
白鳥が、マギの股間から生えていた。
妖怪の目もマギの股間の白鳥に釘付け。
マギの白鳥と彼の黒鳥はそっくりだった。
「生えているが!?」
マギは絶叫した。
同時に、白鳥が黒鳥の妖怪をめがけて伸び、くちばしで攻撃を仕掛けた。
黒鳥妖怪は上手くかわし、周囲にいる妖怪に向けて手を振る。
こいつを狩れ、と。
「暴れているが!?」
マギは何もしなかった。
何もしなくても、白鳥が勝手に動き、次から次へと妖怪の大群を虐殺した。
無双。
残るは黒鳥の妖怪のみ。
敗北を察したためだろうか、彼は黒い翼をはためかせ大空へと舞い上がった。
顔には笑みを浮かべて。
「余は公爵ぞ!!!」
マギは飛び去る妖怪に向かって叫んだ。
「この股間を何としてくれる!!」