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第007話 妖怪を退治するマギ

「そーれそれそれそーれ!」


 威勢よく戦っている風のマギ。

 だが実のところ、これっぽっちも頑張ってなどいない。

 なぜなら股間に生えた白鳥が勝手に戦ってくれるのだから。

 そして白鳥は強かった。


「公爵様、強い……! こんなすごい戦い、初めて見た!」


 実情を知らない少女は感嘆し、マギは胸を張った。

 白鳥は自由自在に伸び縮み。

 妖怪の根っこのような体をくちばしでつつく。

 家中に血が飛び散る。


「ふふん。慣れてしまえば妖怪退治なぞいとも容易いことよ」


 マギが調子に乗っていられたのも、そこまでだった。


「公爵様、やめて!!」

「あっ。止まれ止まれぃ!」


 少女が悲鳴をあげた。

 マギは白鳥をきゅっと握って興奮を鎮めようとした。


「人質を盾にするとは卑怯ぞ……!」


 根っこ妖怪は白鳥の攻撃から身を守るため、それまで食糧にしていた女性の陰に隠れてしまった。

 無理に白鳥が攻撃すれば、うっかり女性を傷つけてしまうかもしれない。

 打つ手なし。


「ああ、お母さん……」


 少女は涙を流しながらマギを見た。

 神にすがるような表情で。


 ――そのような目で見られても、どうすればよいのやら。


 守りと攻めを同時にこなす方法。

 無知蒙昧なマギにはとても思いつかなかった。

 というわけで例によって逃げることを考え始める。

 妖怪の様子をじっと見つめ、相手が襲ってこないか慎重に見極め、じわりじわりと後退しつつ……。


「むっ?」


 ふと気づいた。

 根っこ妖怪の体は床から生えていた。

 マギは知らなかったが、この妖怪は地中を移動する妖怪。

 だから地面から床を突き破り、この家の中へと侵入できたのだった。


 ――ならば余も同じことをしてやればよいのではないか?


 マギは白鳥をぐっと握った。


「地中に潜れ!」


 白鳥が言うことを聞くかどうかは賭けだった。

 無理だったら逃げようと思っていた。

 しかし、どうやらマギは賭けに勝ったようだ。


 白鳥は床を突き破って地面を掘削し、ぐんぐん沈んでいく。

 やがて上昇に転じ地上へと再び姿を現した。


「狙い通りぞ!」


 マギは笑った。

 白鳥が飛び出たところは根っこの妖怪の背後。

 くちばしが妖怪を貫く。

 見事マギは妖怪を退治したのだ。


「正面突破ができないなら下から攻めればよいだけのことぞ。ふふん」

「お母さん!!!」


 少女はすぐさま母親のもとへと駆け寄った。


「ありがとうございます、公爵様。お母さん、息があります。てっきり偉そうなだけのポンコツかと思ってましたけど、すごくお強いんですね」

「……うむ。ところで、そちに頼みがあるのだが」

「何なりと!」

「余の股間が白鳥であること、絶対に内密ぞ」

「もちろんです! そんなハレンチなこと、口にできませんから!」


 マギは揚々と家を出た。

 もちろん、白鳥は袴の中にきちんとしまいこんでから。


「ガキが出てきた」

「生きてやがったのか」

「妖怪は逃げたのか?」


 家を取り囲む群衆から盛大なざわめき。

 マギは堂々と、


「妖怪は余が退治したぞ」


 静まり返る町。

 マギは感謝も拍手も期待していなかった。

 どうせ自分など追放される笑い者の分際なのだ、と。

 ところが……


「すごい、マギ様!」

「俺は最初からマギ様を信じてました!」

「万歳!」

「天才!」

「かっこいい! 好き!」


 生まれて初めて浴びる大歓声。

 マギはやはり偉そうな態度で、


「民を守ることが公爵の務めぞ」


     *     *


 町外れ。

 人気はない。

 人々の喜びの声は遠い。


 地面から根っこが伸びていた。

 妖怪の体の一部である。

 そう、まだ死んでいなかったのだ。

 次なる獲物を求めて身をくねらせたところで、しかし、死んだ。


縞根しまねは離れたところに本体を隠す生態っすからね」


 妖怪に刀を突き立てたのは神葉。


「ちょいと探すのに手間取ったっすけど、ま、思ったよりマギ様が時間を稼いでくれたんで助かったっすよ」


 遠くに聞こえる万歳を聞いて、神葉はにっこりした。

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