「そーれそれそれそーれ!」
威勢よく戦っている風のマギ。
だが実のところ、これっぽっちも頑張ってなどいない。
なぜなら股間に生えた白鳥が勝手に戦ってくれるのだから。
そして白鳥は強かった。
「公爵様、強い……! こんなすごい戦い、初めて見た!」
実情を知らない少女は感嘆し、マギは胸を張った。
白鳥は自由自在に伸び縮み。
妖怪の根っこのような体をくちばしでつつく。
家中に血が飛び散る。
「ふふん。慣れてしまえば妖怪退治なぞいとも容易いことよ」
マギが調子に乗っていられたのも、そこまでだった。
「公爵様、やめて!!」
「あっ。止まれ止まれぃ!」
少女が悲鳴をあげた。
マギは白鳥をきゅっと握って興奮を鎮めようとした。
「人質を盾にするとは卑怯ぞ……!」
根っこ妖怪は白鳥の攻撃から身を守るため、それまで食糧にしていた女性の陰に隠れてしまった。
無理に白鳥が攻撃すれば、うっかり女性を傷つけてしまうかもしれない。
打つ手なし。
「ああ、お母さん……」
少女は涙を流しながらマギを見た。
神にすがるような表情で。
――そのような目で見られても、どうすればよいのやら。
守りと攻めを同時にこなす方法。
無知蒙昧なマギにはとても思いつかなかった。
というわけで例によって逃げることを考え始める。
妖怪の様子をじっと見つめ、相手が襲ってこないか慎重に見極め、じわりじわりと後退しつつ……。
「むっ?」
ふと気づいた。
根っこ妖怪の体は床から生えていた。
マギは知らなかったが、この妖怪は地中を移動する妖怪。
だから地面から床を突き破り、この家の中へと侵入できたのだった。
――ならば余も同じことをしてやればよいのではないか?
マギは白鳥をぐっと握った。
「地中に潜れ!」
白鳥が言うことを聞くかどうかは賭けだった。
無理だったら逃げようと思っていた。
しかし、どうやらマギは賭けに勝ったようだ。
白鳥は床を突き破って地面を掘削し、ぐんぐん沈んでいく。
やがて上昇に転じ地上へと再び姿を現した。
「狙い通りぞ!」
マギは笑った。
白鳥が飛び出たところは根っこの妖怪の背後。
くちばしが妖怪を貫く。
見事マギは妖怪を退治したのだ。
「正面突破ができないなら下から攻めればよいだけのことぞ。ふふん」
「お母さん!!!」
少女はすぐさま母親のもとへと駆け寄った。
「ありがとうございます、公爵様。お母さん、息があります。てっきり偉そうなだけのポンコツかと思ってましたけど、すごくお強いんですね」
「……うむ。ところで、そちに頼みがあるのだが」
「何なりと!」
「余の股間が白鳥であること、絶対に内密ぞ」
「もちろんです! そんなハレンチなこと、口にできませんから!」
マギは揚々と家を出た。
もちろん、白鳥は袴の中にきちんとしまいこんでから。
「ガキが出てきた」
「生きてやがったのか」
「妖怪は逃げたのか?」
家を取り囲む群衆から盛大なざわめき。
マギは堂々と、
「妖怪は余が退治したぞ」
静まり返る町。
マギは感謝も拍手も期待していなかった。
どうせ自分など追放される笑い者の分際なのだ、と。
ところが……
「すごい、マギ様!」
「俺は最初からマギ様を信じてました!」
「万歳!」
「天才!」
「かっこいい! 好き!」
生まれて初めて浴びる大歓声。
マギはやはり偉そうな態度で、
「民を守ることが公爵の務めぞ」
* *
町外れ。
人気はない。
人々の喜びの声は遠い。
地面から根っこが伸びていた。
妖怪の体の一部である。
そう、まだ死んでいなかったのだ。
次なる獲物を求めて身をくねらせたところで、しかし、死んだ。
「
妖怪に刀を突き立てたのは神葉。
「ちょいと探すのに手間取ったっすけど、ま、思ったよりマギ様が時間を稼いでくれたんで助かったっすよ」
遠くに聞こえる万歳を聞いて、神葉はにっこりした。