「くるしゅうない。くるしゅうないぞ」
お膝元の松山を発ち、伊方までやって来た大工部マギと神葉ギウデ。
道を歩けば、人々はははーっと頭を垂れる。
以前のマギならば萎縮していた。
放蕩息子と笑われるし、股間が白鳥だとバレないか不安になるから。
しかし今日のマギは違う。
「おお、あれがマギ様か」
「勇ましい」
「ご立派な公爵だ」
「あの歳にして、妖怪から領民を救出するご活躍」
「そう言われて見れば、なんとなくかっこいい気もする」
噂が広まるのは早い。
城を追放されたという悪い噂のみならず、妖怪退治の噂もすでに潘のあちこちに知れわたっていた。
だからマギは堂々と歩いた。
もちろん股間を軽く押さえながら。
「よし、次はあちらの街道を歩こうぞ。伊方におるすべての者に余を賞賛させてやらねばな」
「マギ様、本来の目的を見失ってるっすよ」
ふんぞりかえる主人の後ろに、呆れ顔の神葉が付き従っている。
「本来の……目的?」
「はぁ……。本当に頭がどうかしちゃってるっすね」
溜め息とともに、心の声が漏れ出た神葉。
「ここに来たのは、公儀祓除人に会うためっしょ?」
「……?」
「……公儀祓除人ってのは妖怪退治の専門家っすね。で、ここ伊方は妖怪がたくさん出没するんで、公儀祓除人が定期的にお仕事しに来るんすよ」
「……ふむ!」
「クイズっす。じゃあ、公儀祓除人に会って、わしらはいったい何をするっすか?」
沈黙。
「黒い鳥の妖怪を知らないかって聞くんすよ」
「黒い鳥!」
マギの股間がうずく。
やつとの戦いの中でマギは元の股間を失い、代わりに白鳥を生やすことになった。
「そうだった。元の股間に戻る方法を知っていそうなのは、あやつしかおらぬ。……しかし公儀祓除人とやらは頼りになるのか? 警察や学者に聞いた方がよいのでは?」
「最新の情報はいつも現場にあるんすよ」
「強さはどうだ? なんとなれば余の方が強いということはないのか? ふふん。なにせ余は縞根なる妖怪を撃破したのだからな」
「あんなの大した妖怪じゃないっすよ。第一あいつは固有能力を発動する途中で隙だらけだったし……」
「あ!」
「ん!」
2人の視界に入ったのは大きな石造物。
苔に覆われた白黒グラデーションの巨岩は荘厳なる観光資源である。
「これが……しょ、しょう、しょしょう……」
「将軍陵墓っす」
周囲には妖怪が多発する。
本来であれば公儀祓除人が退治に当たっているはずである。
しかし、
「いないっすね」
瀬良寺が町長の自宅に招かれて休憩していることなど知らない2人だった。
そのことを教えてくれたのはトンガリヘアーの男の子。
「俺はこの町の副町長の息子。親父は忙しくって、お前らの相手してられねーから、俺が代わりに町長の家まで連れてってやるよ」
「むっ。公爵たる余に向かって随分と偉そうではないか」
「偉そうなのはお前だろ、バーカ」
「こやつ!!!」
大人たちの濁った目にはマギが輝いて見えただろう。
だが子供の純粋な目はマギをポンコツと見抜いた。
「まあまあ、お子ちゃまどうし仲良くするっすよ。あんた名前は?」
「俺は突欠クロワだ」