「
一連の報告を受け、
町長はうなだれている。
息子ツキザネはもうこの世にいない。
事実を受け入れることは難しかった。
息子のなきがらさえ見つからないのだから。
「しかし、あなたは町長としての責務を果たさねばなりませんぞ。妖怪退治はもちろん、町政に課題は山積しているのですからな」
「……」
「もしどうしても無理なのでしたら……」
突欠副町長は町長の耳元でそっとささやく。
「お退きなさい」
* *
「これでいいのか、親父」
帰宅途中の輿の中でクロワがつぶやいた。
「何のことだ?」
「だって俺……あの日ツキザネと一緒に遊んでて、それで、親父に言われた通り、林の奥まであいつを連れてって……そしたら、急に縞根が出てきて……」
クロワは青ざめていた。
妖怪に襲われた友を助けることもできず、ただじっと眺めていた。
自分だけは助かりたくて逃げ出した。
父にだけは打ち明けていた秘密。
それがずっとクロワを苦しめていた。
「上出来だ」
しかし父の言葉はあまりに軽かった。
「……え?」
「お前はよくやった。おかげで町長の跡継ぎはいなくなり、町長自身も脱け殻のようだ。私が町長の座に就くのは時間の問題だろう。ゆくゆくはお前がこの町の支配者だ」
「……違う……違うよ……」
――俺が本当にほしいのは、そんなんじゃなくて……。
* *
「硬い……っ!!」
瀬良寺は苦戦していた。
すぐさま現場に駆けつけたものの、強大な敵を相手に屈辱を味わうはめになった。
山鯨。
その体は極めて丈夫で、瀬良寺の斧も棍棒もまったく通用しない。
平気な顔をして山鯨は進み続ける。
巨大な足が伊方の町を蹂躙する。
「瀬良寺様、お助けぇ~」
「ひいい、死にたくない」
「こんなに大きい妖怪を見るの初めて!」
逃げ惑う人々。
「逃げろ! とにかく遠くへ!」
避難を呼び掛けるだけが精一杯の瀬良寺だった。
――私だけでは勝てそうにない。だが応援を呼ぼうにも、他の公儀祓除人は近くにはいない。なによりこの私自身が公儀祓除人という栄誉を背負う身! こんな妖怪に負けるわけにはいかない!!
気合いを入れ直したところで状況は変わらない。
着々と歩を進める山鯨に、とうとう、
「このままでは将軍陵墓を踏み潰されかねない……!」
ところまで来てしまった。
もしそんなことにでもなれば前代未聞の不名誉。
「どうすれば父の名誉を傷つけずに済むんだ!?」
絶望にうちひしがれた、その時。
一筋の白が山鯨の足をすくった。
「んなっ!?」
巨大な山鯨の転倒により、大きな音と粉塵が生じた。
「うぐぐ……いったい何が? ……あ!」
衝撃で尻餅をついた瀬良寺。
顔を上げると、そこには意外な人物が。
「お、お前! 脱獄したのか!」
マギだった。
もちろん全裸のままではない。
神葉に服を着せてもらったのだ。
「何をしに来た? というか脱走は重罪だぞ! さっさと警察署に戻って服を脱いでろ!」
「民を守るのが公爵の務めぞ」
マギに動じる素振りはなかった。
威風堂々と股間の白鳥をぶらつかせ、
「神葉、このでかい妖怪はどうすれば退治できる?」
「まあ、無理っすね」
「……むぅ?」
「山鯨はめちゃめちゃ強いんで、わしらじゃ倒せっこないっすよ」
「……逃げるぞ!」
「それはダメっす」
しっかりとマギの首根っこを掴みながら、神葉は瀬良寺の方を向く。
「あんたも協力してくれるなら勝機はあるかもっすけど」
「ふざけるな!」
瀬良寺は乗らない。
「股間から白鳥の生えたガキとだらしないおっさん。そんなやつらと共闘するだと!? 私は誇り高い公儀祓除人だ。そんなことはできない!」
「余は公爵ぞ」
「黙れ、ガキ」
マギは黙らない。
「見栄のために人命を見捨てるのが公儀祓除人か?」
「いや、あんたさっき逃げようとしてたっすよね」
「黙れ、神葉」
神葉は黙らない。
瀬良寺に対して、
「あんたの親父さんだって、人の命のためなら悪魔とも手を組むんじゃないっすかね」
「くっ……」
お前に父上の何がわかる。
瀬良寺はその言葉を飲み込んだ。
「……共闘を……受け入れる」