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第014話 幻覚━ハルシナツィオン━

 人々の避難は完了。

 辺りにはすっかり人気がない。

 倒れた山鯨やまくじらが立ち上がる音がずしんと響く。


「策はあるのか?」


 瀬良寺の問いに対し神葉はしれっと、


「ないっすね」

「おい!」

「強いて言えば、山鯨の足止めをする担当と、攻撃を加える担当に分かれて、地道に戦うしかないっすね。狙うのは目とか口とか。流血させて消耗させるっす。ま、それを策って言うなら策っす」

「どでかい一撃を与える方法がない以上やむを得ないな」


 瀬良寺と神葉が目を見て頷く。

 なんとなくマギも頷いておいた。


「でぇえい!」


 躊躇なく攻撃担当を選んだ瀬良寺。

 木から木へと飛び移り、山鯨めがけて大ジャンプ。

 山鯨は尾びれを振るう。

 瀬良寺を吹っ飛ばしてやろうというわけだ。

 ここで足止め班の出番。


「マギ様、あそこっす」

「任せろ!」


 神葉が指差したのは山鯨の爪先。

 人も山鯨も急所は似ている。


「ゆけぃ、白鳥!」


 白鳥のくちばしが突き刺した。

 山鯨の爪と皮膚の間を。


「ア゛~~~~~~!!」


 あまりの痛みに山鯨は悶絶した。

 すかさず瀬良寺は山鯨の頭の上に乗り目を斬った。

 皮膚と違い、ここは柔らかい。


「反対の目も潰すんすよ~!」

「当然!」


 神葉からの指示を受けるまでもなく瀬良寺は動いていた。

 もう片方の目も潰すことに成功。


「とどめだ!!!」


 斧から棍棒に持ちかえた。

 毒入りの棍棒である。

 これを山鯨の口の中に突っ込めば勝負は決まっていたであろう。

 しかし、


「あー、ダメっすね」


 いち早く気づいたのは神葉だった。

 決して瀬良寺がもたついたわけではない。

 得物を持ち変えるために生まれた一瞬の隙。

 山鯨がある動作をするには十分だったのだ。


「くっっっっっっっさ!!!!」


 山鯨がボタンの形をした鼻から臭い息を放出した。

 嫌がらせではない。

 山鯨の固有能力。


「……」


 山鯨の頭の上にはいられなくて着地した瀬良寺。

 うずくまったまま動かない。


「それほど臭かったのか?」


 首をかしげるマギ。

 眉間にしわを寄せる神葉は、


「まずいっすね」

「詳しく申せ」

「山鯨の固有能力は【幻覚━ハルシナツィオン━】なんすよ」

「むぅ?」

「見せられる幻覚の内容によっちゃ死ぬほど苦しむはめになるっす」

「楽しい幻覚だとよいな」


 瀬良寺が見ていたのは死ぬほど苦しい幻覚だった。

 脳内に浮かぶのは幼い頃の記憶。


「あなたは公儀祓除人になるのです!」


 父と違って厳しかった母の声が響く。

 強くなれ強くなれと叩かれた。

 もし理想通りの子供に育たないのであれば、いっそ、


「潔く自刃なさい!」


 瀬良寺は斧を持ち上げる。


「貧弱な肉体ではいけません! 暇があれば鍛練なさい! ぬいぐるみと寝るのはもうやめなさい! 男らしくありません! 強く! 逞しく! 父上のようになるのですよ!」


 母の言葉が脳内に響くたび刃が瀬良寺の首にめり込んでいく。

 最後のひと押しをしたのは、


「あなたなど生まなければよかったのです」


 すべては幻。

 しかし瀬良寺に現実と妄想の区別はつかない。

 とうとう斧が首筋の血管をぷっつりと……


「させまいぞ!」


 妖怪の企みを打ち砕いたのは伸縮自在の白鳥。

 勢いよく伸びてきて斧を吹っ飛ばした。


「瀬良寺とか申す者! 自決などしている場合か! 戦え!」

「うるさい!」


 瀬良寺は棍棒を構えながら、


「私には生きる価値などないんだ!」

「なにゆえに?」

「だって……だってダメな子だから……。世間に顔向けできないような出来損ないだから!」

「これを見てもそう申せるか?」

「……え……?」


 マギは堂々と股間の白鳥を掲げた。


「とくと見ろ。このような姿になっても余は生きている」

「た、確かに……」


 希死念慮を消し去るほどの説得力だった。


「洗脳は解けたみたいっすね」


 神葉が刀を抜く。

 山鯨は再び歩き出す。


「さあ、戦闘再開っす!」

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