人々の避難は完了。
辺りにはすっかり人気がない。
倒れた
「策はあるのか?」
瀬良寺の問いに対し神葉はしれっと、
「ないっすね」
「おい!」
「強いて言えば、山鯨の足止めをする担当と、攻撃を加える担当に分かれて、地道に戦うしかないっすね。狙うのは目とか口とか。流血させて消耗させるっす。ま、それを策って言うなら策っす」
「どでかい一撃を与える方法がない以上やむを得ないな」
瀬良寺と神葉が目を見て頷く。
なんとなくマギも頷いておいた。
「でぇえい!」
躊躇なく攻撃担当を選んだ瀬良寺。
木から木へと飛び移り、山鯨めがけて大ジャンプ。
山鯨は尾びれを振るう。
瀬良寺を吹っ飛ばしてやろうというわけだ。
ここで足止め班の出番。
「マギ様、あそこっす」
「任せろ!」
神葉が指差したのは山鯨の爪先。
人も山鯨も急所は似ている。
「ゆけぃ、白鳥!」
白鳥のくちばしが突き刺した。
山鯨の爪と皮膚の間を。
「ア゛~~~~~~!!」
あまりの痛みに山鯨は悶絶した。
すかさず瀬良寺は山鯨の頭の上に乗り目を斬った。
皮膚と違い、ここは柔らかい。
「反対の目も潰すんすよ~!」
「当然!」
神葉からの指示を受けるまでもなく瀬良寺は動いていた。
もう片方の目も潰すことに成功。
「とどめだ!!!」
斧から棍棒に持ちかえた。
毒入りの棍棒である。
これを山鯨の口の中に突っ込めば勝負は決まっていたであろう。
しかし、
「あー、ダメっすね」
いち早く気づいたのは神葉だった。
決して瀬良寺がもたついたわけではない。
得物を持ち変えるために生まれた一瞬の隙。
山鯨がある動作をするには十分だったのだ。
「くっっっっっっっさ!!!!」
山鯨がボタンの形をした鼻から臭い息を放出した。
嫌がらせではない。
山鯨の固有能力。
「……」
山鯨の頭の上にはいられなくて着地した瀬良寺。
うずくまったまま動かない。
「それほど臭かったのか?」
首をかしげるマギ。
眉間にしわを寄せる神葉は、
「まずいっすね」
「詳しく申せ」
「山鯨の固有能力は【幻覚━ハルシナツィオン━】なんすよ」
「むぅ?」
「見せられる幻覚の内容によっちゃ死ぬほど苦しむはめになるっす」
「楽しい幻覚だとよいな」
瀬良寺が見ていたのは死ぬほど苦しい幻覚だった。
脳内に浮かぶのは幼い頃の記憶。
「あなたは公儀祓除人になるのです!」
父と違って厳しかった母の声が響く。
強くなれ強くなれと叩かれた。
もし理想通りの子供に育たないのであれば、いっそ、
「潔く自刃なさい!」
瀬良寺は斧を持ち上げる。
「貧弱な肉体ではいけません! 暇があれば鍛練なさい! ぬいぐるみと寝るのはもうやめなさい! 男らしくありません! 強く! 逞しく! 父上のようになるのですよ!」
母の言葉が脳内に響くたび刃が瀬良寺の首にめり込んでいく。
最後のひと押しをしたのは、
「あなたなど生まなければよかったのです」
すべては幻。
しかし瀬良寺に現実と妄想の区別はつかない。
とうとう斧が首筋の血管をぷっつりと……
「させまいぞ!」
妖怪の企みを打ち砕いたのは伸縮自在の白鳥。
勢いよく伸びてきて斧を吹っ飛ばした。
「瀬良寺とか申す者! 自決などしている場合か! 戦え!」
「うるさい!」
瀬良寺は棍棒を構えながら、
「私には生きる価値などないんだ!」
「なにゆえに?」
「だって……だってダメな子だから……。世間に顔向けできないような出来損ないだから!」
「これを見てもそう申せるか?」
「……え……?」
マギは堂々と股間の白鳥を掲げた。
「とくと見ろ。このような姿になっても余は生きている」
「た、確かに……」
希死念慮を消し去るほどの説得力だった。
「洗脳は解けたみたいっすね」
神葉が刀を抜く。
山鯨は再び歩き出す。
「さあ、戦闘再開っす!」