「なんでそんなに町長になりたいんだ? 副町長でも十分じゃんか。俺なんて別に町の職員くらいでも構わないぜ」
田舎にはそぐわないくらい立派な邸宅の中。
それとない口調でクロワは父に話しかけていた。
どうしても父が正しいとは思えなかった。
地位のために他人の子供を犠牲にするなんて……。
真意を知りたかった。
「ふぅ……お前はまだまだ何もわかっていないようだな」
突欠副町長はネクタイを緩めながら溜め息をつく。
「地位の向上に伴い、集まる情報の質と量が向上するのだぞ。そこらの庶民では知り得ないことも私は知っている。例えば妖怪をおびきだす方法だって」
「……え?」
「縞根や山鯨を伊方におびきだしたのは私だ」
クロワの手足が震える。
父である突欠副町長は、それに気づくことなく、
「ふっふ。防衛に関する職務怠慢。多数の人命が失われた。こうなると満丸町長の失権はまぬかれないだろうな」
「そんなのおかしいぜ!」
もう我慢できない。
クロワは怒りに任せてカーテンを引く。
窓の向こうには山鯨が町を蹂躙する光景が広がっていた。
「ほら、無茶苦茶じゃねぇか! どうすんだよ!? 誰かの足を引っ張ろうとして、自分達まで危なくなってるんだぜ!? 俺ら、このままじゃ住む町が無くなっちまう!!」
「隠し砲台がある」
「……へ?」
「密かに砲台が配備されてるのだ。私は地位が高いから、そういう情報を知っている。やはり高い地位に就くことに勝る安全保障はない」
「じゃあ砲台がどこにあるかも知ってんだな?」
「将軍陵墓のてっぺんだ」
クロワは家を飛び出した。
* *
「あの男、何者だ……?」
まだ戦闘できずにいる瀬良寺。
片膝をついたまま戦況を見守っていた。
今、山鯨に立ち向かっているのは神葉。
目、口、耳というわずかな弱点を的確に刀で攻撃する。
現代最強と謳われる瀬良寺でさえ目を見張るほどの剣技であった。
「マギ様、今度は右っす」
「うむ!」
「いや、今のわしから見て右ってつもりっすね」
「こうか!」
「今のわしの状態的には左に行ってほしい感じっすね。あ、ヤバイ、落ちそうっす」
神葉が足場にしているのは白鳥。
マギが股間から伸ばして上下左右へと操る。
「少し間違えば落下する状態で、あれほどの戦いを見せるとは……」
心から感嘆する瀬良寺だったが、同時に拭いきれない疑問を抱いた。
――本当に、こいつはただの召し使いなのか?
疑いに心をとらわれたのは一瞬だけのこと。
「おわっ! マギ様、後ろにお願いっす!」
山鯨の鼻から臭い息が放たれる。
神葉までもがこれを食らってしまえば、もう後はない。
「危なかったっす。もうちょっと慎重に行った方がいいみたいっすね」
「いや、ダメだ」
瀬良寺は即座に反対した。
「このペースだと、倒す前に将軍陵墓を蹂躙される」
今や山鯨と将軍陵墓の距離はとてつもなく近かった。
町のシンボル。
国の尊厳。
失うわけにはいかない。
じりじりとつのる焦りを打ち砕いたのは一発の砲音。
「こ、これは大砲!?」
「どこから……?」
「あそこぞ!」
マギが指差したのは将軍陵墓の上。
そこには大砲とクロワの姿が。
「俺が決着をつけるぜ!!!」