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第016話 想いを託す

 少し時をさかのぼる。

 クロワが将軍陵墓に向かって走っている頃だ。


「おい、そっちは妖怪がいて危険だ!」


 制止する大人を振りきった。


 将軍陵墓の中には入れない。

 外壁をつたう階段があるだけだ。

 最上部にたどり着くには、それを上るしかない。

 途中でうっかり足を滑らせたら、怪我では済まないかもしれない。


 ――死んだっていいぜ!


 自分のせいで町が危機に瀕しているという罪悪感があった。


「着いたぜ、最上部!」


 父の言った通り、砲台が設置されてあった。

 クロワはすぐに行動する。


「くたばれ、妖怪! 俺から大切なものを……もうこれ以上、奪うな!!!」


 すでに山鯨は将軍陵墓のすぐそこまで来ていた。

 特別な訓練を受けていないクロワでも、砲弾を的中させるのはさして難しいことではなかった。


 轟音。


 山鯨の額に穴があいた。


「撃つなら撃つって言ってくださいっすよ~~~!」


 山鯨の間近で攻撃に当たっていた神葉が吠える。


「わしに当たっちゃってたかもしんないんすよぉ!?」

「今がチャンスだ! 額の傷に刺せー!!」

「わかってるっすよ」


 瀬良寺に言われるまでもなく、神葉は動き出していた。

 頑丈な山鯨に、ついに大きな弱点ができた。

 露出した血肉。

 ここを攻撃すれば一気に片がつく。

 しかし……


「くっっっっっっっっさ!!!」


 命の危機にある山鯨。

 何の抵抗もしないわけがなかった。

 固有能力を連発する。

 辺り構わず鼻息を放出する。


「一時退却っすね」


 たまらず神葉は白鳥の上を走り地面へ戻る。

 マギと瀬良寺を背負って、走った。


「神葉、どんな幻覚が見える?」


 担がれた状態でもマギは偉そうだった。


「深くは吸いこまなかったから平気っすよ」

「ならば、なにゆえに戦わずして逃げる?」

「戦いようがないからっすよ」

「余には名案があるが?」

「マジすか?」


 鼻息が届かないところまで来ると停止。


「で、どんな愚策なんすか?」

「余には白鳥がある」

「白鳥で攻撃するってんなら、やっぱ愚策っすね。安全圏から白鳥を伸ばしたって、途中で噛みちぎられるかもしれないんすよ?」

「ほれ。余の白鳥を嗅いでみよ」

「ん~? ……うぐっ! こ、これは……!!」

「同じ目に遭わせてやろうぞ」


 そう言うとマギはさっそく白鳥を伸ばした。

 白鳥は瞬く間に山鯨の眼前に迫る。

 しかし山鯨とて並みの妖怪ではない。

 大きく口を開けて白鳥を食べようとした。


「その動きは読んでいる」


 マギは白鳥の軌道を曲げた。

 白鳥のくちばしは山鯨の鼻先に。


「ア゛っ!」


 山鯨は悶絶する。


「先程そちの爪と皮膚の間をつついた時に付着した、そちの爪垢ぞ」

「汚いっす……」


 自信満々のマギ。

 引く神葉。

 絶句する瀬良寺。

 そして隙を見せた山鯨。


「参る!!!」


 白鳥が山鯨の額をうがった。


     *     *


「……本当に……ありがとう」


 将軍陵墓から下りてきたクロワはマギたちに頭を下げた。


「そして巻き込んじまってすまん。全部、俺の親父が仕組んだことだったんだ」

「それについては私から上に報告しておく。直、突欠副町長に処罰が下るだろう」


 瀬良寺は淡々と、しかし優しい眼差しで、


「だが、きみ自身に非があるわけではない。むしろ立派だった。大砲での援護がなければ今ごろ将軍陵墓が危うかったはずだからな」

「俺、頑張るよ。親父みたいにはならない。ちゃんとした大人になる」

「一番大事なのは家名を盛り立てることだぞ」


 そんな二人の会話に待ったをかけた者がいた。

 白鳥を袴にしまうマギであった。


「守るのが上に立つ者の務めぞ」


 言うは易し、行うは難し。

 だが実際にやってのけたマギが言うから重みがある。


 瀬良寺は惹かれ始めていた。

 マギの気高さと、神葉の強さに。


「背負うべきは家名よりもプライドよりも……人命か……」


 浸る瀬良寺。

 クロワは言いづらそうに、


「でも、いいんですか? 逮捕しなくて」

「妖怪が人を守るはずがないからな。公爵様の疑いは晴れたよ」

「じゃあ2人が走り去っててもいいわけか」

「え?」


 ちょっと目を離した隙に、マギと神葉は逃げていた。


「お待ちください、お二人! 私を弟子にしていただきたい!」

「嫌っす」


 神葉からの返事はシンプルだった。


「まあでも強いて言えば、武器はひとつがいいっすよ。今のあんたは武器に振り回されてるっす」


 追いかけるため走りかけた瀬良寺。

 立ち止まって、斧を背中から下ろす。


「これはきみに託そう」


 クロワは受け取った。

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