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第3章 〝豪華客船〟天弓の翼

第017話 弟子入りの条件

「どうか弟子にしていただきたい!」


 公儀祓除人・瀬良寺サンは頭を下げた。


「しつこいっすね、あんたも」

「余を拷問した者ぞ。決して許すな」


 神葉ギウデとその主・大工部マギはつれなかった。

 伊方将軍陵墓を発って数日。

 どこまで歩いても付きまとう瀬良寺に対し、もううんざり。


「弟子にしてくださるなら何でもしますから!」


 瀬良寺は粘る。

 驚異の股間を持つマギ。

 極上の剣技を持つ神葉。

 師とするのに、これ以上ふさわしい存在はなかった。


「特にしてほしいことはないっすね」


 しかし神葉は冷たかった。


 ――具体的な提案が必要なようだな。


 瀬良寺は記憶をたどった。

 この2人には旅の目的がある。


「黒い鳥の妖怪をお捜しとか」


 にわかには信じがたいことだが、黒い鳥の妖怪との戦闘のさなか、割れた卵の中身がマギの股間にかかり、白鳥が生えてきたという。

 元の股間に戻りたい。

 もしかしたら黒鳥の妖怪がその方法を知っているかもしれない。

 淡い期待を抱いて旅を続けている……とのこと。


「だったら私が協力できるかもしれません!」

「だが、そちは黒い鳥の妖怪を見たことも聞いたこともないのであろう?」


 マギは目もあわせずに言った。


「そうですけど、公儀祓除人のもとには多くの情報が届きます。いつか黒い鳥に関する情報だって手に入るかもしれない。だったら互いに協力できるじゃないですか!」

「互いに協力?」

「私は父を裏切った元公儀祓除人を捜しています」

「別々に動いた方が効率的ではないか?」

「……それは確かに……」


 拷問されたことを根に持つマギ。

 頑なに瀬良寺の弟子入りを拒んだ。

 神葉は無言。

 それでも瀬良寺は諦めきれないから、黙々と2人の後ろを歩き続けた。


「あの……ところで、どこへ行くんです?」


 気まずさに居たたまれなくなった瀬良寺。

 それとなく話題を振ってみた。


「近くに将軍陵墓はないっすから、まあ、気ままに。行く先々で情報を集めつつ、公儀祓除人に出会えたら話を聞くって感じっすね」


 要するに神葉に深いプランはなかった。

 当然マギは何も考えていない。


     *     *


「道が水浸しぞ」

「海っすよ、マギ様」


 ここは四国。

 海を渡らずに旅を続けることはできない。


「というわけで船に乗せてほしいんすよ」

「悪いんですけど……」


 運の悪いことに小さめの船はどれも満員。

 片っ端から声をかけるも全滅。


「船に乗るのは諦めて、もう少し歩くっすか」

「余はもう歩きたくないぞ。ほれ、船ならもう一隻あるではないか」


 マギが指を差す。

 確かにそこに船はある。

 満員でもないようだ。

 ただ、それは、


「豪華客船じゃないっすか」


 言うまでもなくお高い。


「余は公爵ぞ。金ならいくらでもあろう」

「追放される時そんなに持たせてもらえなかったっすよ」

「余は公爵ぞ。金の代わりに余を乗せるという栄誉をくれてやろうぞ」


 あまりに世間知らずの提案。

 だが、もしかしたら……と万一の可能性に期待して神葉は豪華客船の船長に話を持ちかけた。


「ちくしょうめ! 公爵様だかお釈迦様だか知らんが、おととい来やがれってんだ! 商売を舐めるんじゃねぇ!」


 案の定の結果だった。


「むぅ! 余を何だと思っている!」


 神葉に引っ張られながら、マギは悪態をつく。

 豪華客船からそれなりに離れたところまで来て、


「神葉、待て!」

「何すか?」

「余に名案があるぞ。まず白鳥を掴んで余を船に向かって投げ飛ばせ。ハンマー投げの要領でな。そして余は船の上から白鳥を伸ばすゆえ、そちはそれをたぐって船に――」


 これまで黙って一部始終を眺めていた瀬良寺。

 我慢できず、とうとう、


「犯罪じゃないですか!」


 とツッコミを入れた。


「……ところで公儀祓除人にはどんな交通機関にも無料で乗れるという権利がありまして、しかも付き人にもその権利を適用できるのですが……」


 瀬良寺はちょっともったいぶってから、


「弟子にしてくれるのなら、あの船に乗せてあげられますよ」

「弟子にしてやる!」


 マギは即決した。

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