豪華客船の中はまるで船内とは思えないほど広々としていた。
「余の城ほどではないがな」
マギが胸を張る。
しかし、おしゃれさや人の数で言えば船の方が勝っていた。
「さすがは『天弓の翼』っすね」
「……?」
「この船の名前っすよ」
「よく知っておるな」
「有名っすから、知らない人の方が珍しいんじゃないんすか」
ただ大きくて豪華なだけではない。
最大の特色は、その速さ。
これより速く進む船はそうそうない。
よって日本各地を短期間で遊覧したい金持ちに好まれている。
「おう、お前さんらが公儀祓除人どもか」
3人のそばに一人の大男が近づいてきた。
「わしはこの船の船長、広井ラクホウじゃ。お上のルールにゃ逆らえんから公儀祓除人は乗せちゃる。ただし、女、お前さんは降りろ」
「……むぅ?」
マギと神葉と瀬良寺は互いに顔を見合わせた。
それから言いづらそうに瀬良寺が、
「私は男だ。って言うか、私が公儀祓除人だ」
「へぇ。ずいぶんと細い公儀祓除人じゃな。まあ、それなら問題ない」
「だけど、どうして女性なら降りなきゃいけないんだ? 乗客の中には女性もいるじゃないか」
「ふん。金を払うんじゃったら我慢しちゃる。じゃが、わしは女が嫌いなんじゃ」
キレ気味の様子で広井船長はその場を去った。
呆然とする一行。
近くにいた船員が申し訳なさそうに声をかける。
「悪いね。船長は奥さんと子供に逃げられてから、ずっとあんな調子でさ……」
* *
天弓の翼が出港する。
船は最初はゆっくりと、次第に速度を上げ、ついには超高速で海を進んだ。
「マギ様、コーヒーじゃなくていいんすか?」
3人は船内のレストランにて、無料で振る舞われるドリンクを堪能しながら景色を眺めていた。
「無理してコーヒーを飲んだところで尿意などなかった。これからは好きな物を飲み食いしてやるぞ」
「尿意はともかく太っちゃいますよ、そんなにコーラをがぶ飲みしてたら」
「ふん。ここのところ、まともに食事できていないゆえ仕方ない」
神葉とマギの隣には瀬良寺。
玉露にハチミツを垂らしながら、ここぞとばかりに、
「久しぶりのまともな食事は私のおかげですよね。というわけで早速、強さの秘訣をレクチャーしていただきたいのですが……」
「見てくださいよ、マギ様。夕焼けがきれいっすね」
「神葉殿!」
神葉は話題を逸らそうとするし、マギは煎餅をかじるのに夢中。
結局、瀬良寺は何も聞き出せず。
夕日が海の果てに沈む頃には神葉が、
「マギ様、もうおねむっすか?」
「コーラのせいで目が冴えて眠気が来ないぞ」
「やれやれっすね。じゃ、船の中でも歩き回ってみますか。色々と娯楽施設もあるみたいっすから」
「うむ」
当たり前のように無視されて、瀬良寺は冷静ではいられない。
「約束が違いますよ! 私はあなたたちに弟子入りをして――」
抗議の途中。
何かしらの衝撃によって船がぐらりと揺れる。
「うっ……」
バランスを崩した瀬良寺は危うく転倒しそうに。
しかし、
「大丈夫っすか?」
神葉のたくましい腕に支えられて事なきを得た。
「あ、ありがとう……ございます」
不覚をとったことに思わず赤面。
瀬良寺は特に文句を言えずに2人の後を歩く。
花札。
ポーカー。
ビリヤード。
あれやこれやの娯楽に、わいわいするマギと神葉。
瀬良寺に入り込む隙はなく、
――いったい私は何をしているのやら。
やがて人の群れに遭遇。
何の騒ぎかとの神葉の問いに対し、船員の一人が不思議そうな顔で、
「さっきの衝撃の原因だと思うんですが、ほら、船体に穴があいてるんですよ。でも、魚が飛び込んできたわけでもなくて、あるのはただ雪だるまだけで……なんで雪だるま?」
神葉と瀬良寺が目をあわせた。