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第018話 不吉な船出

 豪華客船の中はまるで船内とは思えないほど広々としていた。


「余の城ほどではないがな」


 マギが胸を張る。

 しかし、おしゃれさや人の数で言えば船の方が勝っていた。


「さすがは『天弓の翼』っすね」

「……?」

「この船の名前っすよ」

「よく知っておるな」

「有名っすから、知らない人の方が珍しいんじゃないんすか」


 ただ大きくて豪華なだけではない。

 最大の特色は、その速さ。

 これより速く進む船はそうそうない。

 よって日本各地を短期間で遊覧したい金持ちに好まれている。


「おう、お前さんらが公儀祓除人どもか」


 3人のそばに一人の大男が近づいてきた。


「わしはこの船の船長、広井ラクホウじゃ。お上のルールにゃ逆らえんから公儀祓除人は乗せちゃる。ただし、女、お前さんは降りろ」

「……むぅ?」


 マギと神葉と瀬良寺は互いに顔を見合わせた。

 それから言いづらそうに瀬良寺が、


「私は男だ。って言うか、私が公儀祓除人だ」

「へぇ。ずいぶんと細い公儀祓除人じゃな。まあ、それなら問題ない」

「だけど、どうして女性なら降りなきゃいけないんだ? 乗客の中には女性もいるじゃないか」

「ふん。金を払うんじゃったら我慢しちゃる。じゃが、わしは女が嫌いなんじゃ」


 キレ気味の様子で広井船長はその場を去った。

 呆然とする一行。

 近くにいた船員が申し訳なさそうに声をかける。


「悪いね。船長は奥さんと子供に逃げられてから、ずっとあんな調子でさ……」


     *     *


 天弓の翼が出港する。

 船は最初はゆっくりと、次第に速度を上げ、ついには超高速で海を進んだ。


「マギ様、コーヒーじゃなくていいんすか?」


 3人は船内のレストランにて、無料で振る舞われるドリンクを堪能しながら景色を眺めていた。


「無理してコーヒーを飲んだところで尿意などなかった。これからは好きな物を飲み食いしてやるぞ」

「尿意はともかく太っちゃいますよ、そんなにコーラをがぶ飲みしてたら」

「ふん。ここのところ、まともに食事できていないゆえ仕方ない」


 神葉とマギの隣には瀬良寺。

 玉露にハチミツを垂らしながら、ここぞとばかりに、


「久しぶりのまともな食事は私のおかげですよね。というわけで早速、強さの秘訣をレクチャーしていただきたいのですが……」

「見てくださいよ、マギ様。夕焼けがきれいっすね」

「神葉殿!」


 神葉は話題を逸らそうとするし、マギは煎餅をかじるのに夢中。

 結局、瀬良寺は何も聞き出せず。

 夕日が海の果てに沈む頃には神葉が、


「マギ様、もうおねむっすか?」

「コーラのせいで目が冴えて眠気が来ないぞ」

「やれやれっすね。じゃ、船の中でも歩き回ってみますか。色々と娯楽施設もあるみたいっすから」

「うむ」


 当たり前のように無視されて、瀬良寺は冷静ではいられない。


「約束が違いますよ! 私はあなたたちに弟子入りをして――」


 抗議の途中。

 何かしらの衝撃によって船がぐらりと揺れる。


「うっ……」


 バランスを崩した瀬良寺は危うく転倒しそうに。

 しかし、


「大丈夫っすか?」


 神葉のたくましい腕に支えられて事なきを得た。


「あ、ありがとう……ございます」


 不覚をとったことに思わず赤面。

 瀬良寺は特に文句を言えずに2人の後を歩く。


 花札。

 ポーカー。

 ビリヤード。

 あれやこれやの娯楽に、わいわいするマギと神葉。

 瀬良寺に入り込む隙はなく、


 ――いったい私は何をしているのやら。


 やがて人の群れに遭遇。

 何の騒ぎかとの神葉の問いに対し、船員の一人が不思議そうな顔で、


「さっきの衝撃の原因だと思うんですが、ほら、船体に穴があいてるんですよ。でも、魚が飛び込んできたわけでもなくて、あるのはただ雪だるまだけで……なんで雪だるま?」


 神葉と瀬良寺が目をあわせた。

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