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第019話 雪だるまにはなりたくない!

「「まさか……!」」


 神葉と瀬良寺の声が重なる。


「つまり、どういうことだ?」


 バカなマギは事態の深刻さがわかっていなかった。


「のんきに船旅してらんないってことっすよ!」


 神葉はマギをおぶって走り出した。

 瀬良寺も続く。


 向かった先は操縦室。

 まだ船内の異変には気づいておらず、なごやかに働く人々の姿があった。


「船長! いるっすか!!?」

「何じゃい、騒々しい」

「船を港に戻してくださいっす!」

「ふざけやがれ!」


 広井船長は椅子から立ち上がって、神葉に凄む。


「お前さんはわしをおちょくっちょるんか。いくら公儀祓除人でも、あんまり好き勝手言っちょると海に叩き落とすぞ」

「わしは公儀祓除人じゃないっす。って言うか、この船に危険が迫ってるんすよ」

「海は危険だらけじゃ。それでも勇猛果敢に戦うのが船乗りよ」


 聞き分けのない広井船長。

 神葉に代わって瀬良寺が反論を引き継ぐ。


「この船は妖怪から攻撃を受けている可能性がある。船体に穴があいており、雪だるまが発見された。このことから推測される妖怪は……沖弓おきゆみ

「沖弓とは?」


 無知のマギが話の腰を折る。


「弓のような形をした妖怪で、体から雪玉を発射して――」


 説明の最中にまたしても衝撃。

 大きな音と揺れ。

 いくつかの雪玉が屋根を貫き、操縦室に達した。

 運悪く雪玉に当たった船員は、


「雪だるまになってしまったぞ!」


 マギは恐る恐る雪だるまに触れた。

 冷たい。

 かきわけても、中に人はいない。


「人を雪だるまに変えてしまう恐ろしい妖怪。それが沖弓だ!」


 瀬良寺がそう言うと同時に、操縦室に連絡が入る。


《広井船長! 空中にいくつも妖怪がいます! 船が攻撃されてます!》


 一瞬の沈黙。

 動かない船長に瀬良寺は詰め寄り、


「さあ、船を港に戻せ!」

「何匹もおるっちゅうことは、この船は囲まれとるんじゃろ?」

「そうだ! だから、船を――」

「逃げようがないじゃろうが。じゃったら、むしろ振り切った方がええ。違うか?」


 広井船長は神葉に視線を送った。


「できるんすか?」

「海の男を舐めるんじゃねぇ!」


 船長の号令によって俄に操縦室が活気づいた。


     *     *


 日はすっかり沈み、夜。

 甲板に立つマギ、神葉、そして瀬良寺の3人は異様な出で立ちだった。

 体をシーツで包み、手には手袋、顔には穴をあけた枕カバー。


「なにゆえに、このような格好を?」

「雪玉が肌に当たりさえしなきゃ、雪だるまにならなくて済むんすよ」

「ほぅ」


 瀬良寺も感心した素振りで、


「よくご存じですね」


 それは公儀祓除人なら誰もが知っている対策だった。

 しかし、なぜ神葉が?

 尊敬と疑念が瀬良寺の心の中で頭をもたげる。


「で、何をする?」

「沖弓を倒すんすよ。あいつを倒さない限り、攻撃は続くんすから。伏せ。ほら、また雪玉が飛んできたっしょ」


 船の四方に白い塊が浮いている。

 高速で進む船にしっかりついてくる。

 それが沖弓。

 数は5匹。


「どうする? 刀は届くまい」

「あんたの股間のそれを使うんすよ」

「ふむ。いでよ」


 白鳥が袴からうにょっと出てくる。

 沖弓を見上げ、うずうず。


「あれを突き刺せぃ!」


 マギの命令で白鳥が沖弓めがけて伸びる。

 しかし、あっさり避けられる。


「ま、無理っすね。白鳥の軌道を読めば、回避は容易いんすから」

「余を騙したのか!?」

「刺すんじゃなくって、追い込むようにしてくださいっす。できるだけ甲板に近づける感じで。とどめはこっちでやっとくんで」

「雑用ではないか」


 一番かっこいいところを取られて、ご立腹のマギ。

 しかし指示された通りに沖弓を誘導する。

 その間にも降り注ぐ雪玉は、神葉と瀬良寺で叩き割る。


「沖弓が近づいてきたっすよ。もう少し引き寄せて……今!」


 神葉の合図で、瀬良寺が〝捧棒〟鬼殺しを振るう。

 それは見事に沖弓に当たったものの致命傷にはならず。

 負傷した沖弓はふらつきながら逃げようとする。

 だが、


「狙うのはここっすよ!」


 神葉の〝尊刀〟アレキサンドライトによって斬殺された。


「心臓を潰さないと仕留められないっすからね」

「沖弓の心臓の位置を一瞬で見切るなんて……すごい! 師匠と呼ばせていただきます!」


 瀬良寺の瞳がきらきらするのを見て、マギは焦る。


「余のことは!? 余のことも師匠と呼んでよいぞ!」

「……」

「何とか申せ!」


 この調子でいけば、討伐は簡単だと思われた。

 しかし残された4匹の沖弓は予期せぬ動きを見せた。

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