「「まさか……!」」
神葉と瀬良寺の声が重なる。
「つまり、どういうことだ?」
バカなマギは事態の深刻さがわかっていなかった。
「のんきに船旅してらんないってことっすよ!」
神葉はマギをおぶって走り出した。
瀬良寺も続く。
向かった先は操縦室。
まだ船内の異変には気づいておらず、なごやかに働く人々の姿があった。
「船長! いるっすか!!?」
「何じゃい、騒々しい」
「船を港に戻してくださいっす!」
「ふざけやがれ!」
広井船長は椅子から立ち上がって、神葉に凄む。
「お前さんはわしをおちょくっちょるんか。いくら公儀祓除人でも、あんまり好き勝手言っちょると海に叩き落とすぞ」
「わしは公儀祓除人じゃないっす。って言うか、この船に危険が迫ってるんすよ」
「海は危険だらけじゃ。それでも勇猛果敢に戦うのが船乗りよ」
聞き分けのない広井船長。
神葉に代わって瀬良寺が反論を引き継ぐ。
「この船は妖怪から攻撃を受けている可能性がある。船体に穴があいており、雪だるまが発見された。このことから推測される妖怪は……
「沖弓とは?」
無知のマギが話の腰を折る。
「弓のような形をした妖怪で、体から雪玉を発射して――」
説明の最中にまたしても衝撃。
大きな音と揺れ。
いくつかの雪玉が屋根を貫き、操縦室に達した。
運悪く雪玉に当たった船員は、
「雪だるまになってしまったぞ!」
マギは恐る恐る雪だるまに触れた。
冷たい。
かきわけても、中に人はいない。
「人を雪だるまに変えてしまう恐ろしい妖怪。それが沖弓だ!」
瀬良寺がそう言うと同時に、操縦室に連絡が入る。
《広井船長! 空中にいくつも妖怪がいます! 船が攻撃されてます!》
一瞬の沈黙。
動かない船長に瀬良寺は詰め寄り、
「さあ、船を港に戻せ!」
「何匹もおるっちゅうことは、この船は囲まれとるんじゃろ?」
「そうだ! だから、船を――」
「逃げようがないじゃろうが。じゃったら、むしろ振り切った方がええ。違うか?」
広井船長は神葉に視線を送った。
「できるんすか?」
「海の男を舐めるんじゃねぇ!」
船長の号令によって俄に操縦室が活気づいた。
* *
日はすっかり沈み、夜。
甲板に立つマギ、神葉、そして瀬良寺の3人は異様な出で立ちだった。
体をシーツで包み、手には手袋、顔には穴をあけた枕カバー。
「なにゆえに、このような格好を?」
「雪玉が肌に当たりさえしなきゃ、雪だるまにならなくて済むんすよ」
「ほぅ」
瀬良寺も感心した素振りで、
「よくご存じですね」
それは公儀祓除人なら誰もが知っている対策だった。
しかし、なぜ神葉が?
尊敬と疑念が瀬良寺の心の中で頭をもたげる。
「で、何をする?」
「沖弓を倒すんすよ。あいつを倒さない限り、攻撃は続くんすから。伏せ。ほら、また雪玉が飛んできたっしょ」
船の四方に白い塊が浮いている。
高速で進む船にしっかりついてくる。
それが沖弓。
数は5匹。
「どうする? 刀は届くまい」
「あんたの股間のそれを使うんすよ」
「ふむ。いでよ」
白鳥が袴からうにょっと出てくる。
沖弓を見上げ、うずうず。
「あれを突き刺せぃ!」
マギの命令で白鳥が沖弓めがけて伸びる。
しかし、あっさり避けられる。
「ま、無理っすね。白鳥の軌道を読めば、回避は容易いんすから」
「余を騙したのか!?」
「刺すんじゃなくって、追い込むようにしてくださいっす。できるだけ甲板に近づける感じで。とどめはこっちでやっとくんで」
「雑用ではないか」
一番かっこいいところを取られて、ご立腹のマギ。
しかし指示された通りに沖弓を誘導する。
その間にも降り注ぐ雪玉は、神葉と瀬良寺で叩き割る。
「沖弓が近づいてきたっすよ。もう少し引き寄せて……今!」
神葉の合図で、瀬良寺が〝捧棒〟鬼殺しを振るう。
それは見事に沖弓に当たったものの致命傷にはならず。
負傷した沖弓はふらつきながら逃げようとする。
だが、
「狙うのはここっすよ!」
神葉の〝尊刀〟アレキサンドライトによって斬殺された。
「心臓を潰さないと仕留められないっすからね」
「沖弓の心臓の位置を一瞬で見切るなんて……すごい! 師匠と呼ばせていただきます!」
瀬良寺の瞳がきらきらするのを見て、マギは焦る。
「余のことは!? 余のことも師匠と呼んでよいぞ!」
「……」
「何とか申せ!」
この調子でいけば、討伐は簡単だと思われた。
しかし残された4匹の沖弓は予期せぬ動きを見せた。