「広井船長、救命ボートを出しましょう!」
操縦室の中では船員たちが必死で説得を試みていた。
船内各地から飛び交う連絡。
そのどれもが壊滅的な被害を報告していた。
沈没は時間の問題と思われた。
「ボートに乗せても助からないかもしれませんが、このまま船に残るよりは生存確率が上がると思われます! 女子供を優先で――」
「ダメじゃ!」
舵輪を握る船長は頑なだった。
「女子供優先じゃと? ふざけるんじゃねぇ! 絶対に誰もこの船から逃がしやせん。妖怪様が……妖怪様がやっと来たんじゃ……」
船長のぎらついた目を見て、船員たちは絶句した。
* *
甲板の上でのピンチは続く。
「マギ様、死ぬんすか!?」
珍しく神葉が本気で心配するほどマギは多くの血を流していた。
重体。
薄れゆく意識の中、マギはただ〝あいつ〟のことだけを想っていた。
――余をこのような体のまま死なせようとする、あの黒鳥はどこに……?
神葉と瀬良寺は重傷。
その状況で沖弓は次の一発を放とうと準備を進める。
勝機はないと思われた。
絶体絶命。
最悪の戦場を月が呑気に照らしている。
「……月にいるのは誰ぞ……?」
真っ先に気づいたのはマギ。
丸い月の光の中に黒点がある。
「黒い鳥っすよ、マギ様!!!!」
「あれが……!」
遅れて、神葉と瀬良寺も視認する。
マギの居城を襲った黒い鳥の妖怪。
探し求めた標的が、今、空を滑空している。
「でも、タイミングが最悪っす! 沖弓の相手をするだけで必死なのに、ここに来て敵がもう一匹増えるなんて……」
「師匠、どうします!?」
「うーん……うん?」
様子がおかしかった。
てっきり沖弓に加勢すると思われた黒鳥だが、逆に沖弓を攻撃し始めた。
「どういうことっすかね。沖弓、めっちゃ苦しんでるんすけど」
「仲間割れ……でしょうか?」
首をひねる神葉と瀬良寺。
マギはかすれた声で、
「あやつを捕らえよ……」
「無理っすよ。だって、あいつ空を飛んでるし……あっ、しかも海に落ちちゃったっすよ」
誰もがどうすればいいかわからなくて、沈黙。
「おわっ!」
突如、黒鳥は海中から飛び出す。
そして甲板の上に降り立つ。
神葉と瀬良寺は驚きつつも臨戦態勢をとる。
「……♡」
黒鳥の妖怪は無言でにやにやしている。
股間の鳥が咥えているのは最初に倒した沖弓の死骸。
海の中から回収してきたようだ。
何のために?
意図は誰にもわからなかった。
「おい、妖怪。そちのせいで余の股間は白鳥ぞ。神妙に致せ……」
苦しみながらマギが話しかけると、黒鳥の妖怪は、
「マギ、好きぃ♡」
とびっきりの笑顔で愛を告白した。
「わけのわからないことを申すな。神葉、こやつを捕らえよ」
「マギ様、こいつは悪いやつじゃなさそうっすよ」
「!?」
神葉の反応を理解できずマギは瀬良寺に顔を向ける。
ところが、
「そうですね。師匠のおっしゃる通りです。いいやつだと思います」
「……おい?」
――こやつら、頭を強く打ったのか?
すっかり警戒心をなくした2人を見て、マギは取り乱した。
しかし著しく損傷しているマギ。
取り乱そうにも体は動かない。
だから黒鳥の妖怪が近づいてきても、
「よせ! 寄るでない!」
と小声で主張するしかなかった。
「これ食べて♡」
「……むぅ?」
黒い鳥が沖弓の死骸をマギに突きつける。
当然のことながらマギは、
「食べるわけないであろう!」
と拒否したが、それは口だけのこと。
体は正直なマギだった。
「……嘘……」
自身の意に反して白鳥はバクバクとそれを食べた。
そして不思議なことに、食べ終わる頃には、すっかりマギの体は治癒していた。
「余は……余はもはや人間ではないのか!?」
絶望するマギだったが神葉は冷静に、
「よかったじゃないっすか、元気になって」