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第021話 体は正直なマギ

「広井船長、救命ボートを出しましょう!」


 操縦室の中では船員たちが必死で説得を試みていた。

 船内各地から飛び交う連絡。

 そのどれもが壊滅的な被害を報告していた。

 沈没は時間の問題と思われた。


「ボートに乗せても助からないかもしれませんが、このまま船に残るよりは生存確率が上がると思われます! 女子供を優先で――」

「ダメじゃ!」


 舵輪を握る船長は頑なだった。


「女子供優先じゃと? ふざけるんじゃねぇ! 絶対に誰もこの船から逃がしやせん。妖怪様が……妖怪様がやっと来たんじゃ……」


 船長のぎらついた目を見て、船員たちは絶句した。


     *     *


 甲板の上でのピンチは続く。


「マギ様、死ぬんすか!?」


 珍しく神葉が本気で心配するほどマギは多くの血を流していた。

 重体。

 薄れゆく意識の中、マギはただ〝あいつ〟のことだけを想っていた。


 ――余をこのような体のまま死なせようとする、あの黒鳥はどこに……?


 神葉と瀬良寺は重傷。

 その状況で沖弓は次の一発を放とうと準備を進める。


 勝機はないと思われた。

 絶体絶命。

 最悪の戦場を月が呑気に照らしている。


「……月にいるのは誰ぞ……?」


 真っ先に気づいたのはマギ。

 丸い月の光の中に黒点がある。


「黒い鳥っすよ、マギ様!!!!」

「あれが……!」


 遅れて、神葉と瀬良寺も視認する。

 マギの居城を襲った黒い鳥の妖怪。

 探し求めた標的が、今、空を滑空している。


「でも、タイミングが最悪っす! 沖弓の相手をするだけで必死なのに、ここに来て敵がもう一匹増えるなんて……」

「師匠、どうします!?」

「うーん……うん?」


 様子がおかしかった。

 てっきり沖弓に加勢すると思われた黒鳥だが、逆に沖弓を攻撃し始めた。


「どういうことっすかね。沖弓、めっちゃ苦しんでるんすけど」

「仲間割れ……でしょうか?」


 首をひねる神葉と瀬良寺。

 マギはかすれた声で、


「あやつを捕らえよ……」

「無理っすよ。だって、あいつ空を飛んでるし……あっ、しかも海に落ちちゃったっすよ」


 誰もがどうすればいいかわからなくて、沈黙。


「おわっ!」


 突如、黒鳥は海中から飛び出す。

 そして甲板の上に降り立つ。

 神葉と瀬良寺は驚きつつも臨戦態勢をとる。


「……♡」


 黒鳥の妖怪は無言でにやにやしている。

 股間の鳥が咥えているのは最初に倒した沖弓の死骸。

 海の中から回収してきたようだ。

 何のために?

 意図は誰にもわからなかった。


「おい、妖怪。そちのせいで余の股間は白鳥ぞ。神妙に致せ……」


 苦しみながらマギが話しかけると、黒鳥の妖怪は、


「マギ、好きぃ♡」


 とびっきりの笑顔で愛を告白した。


「わけのわからないことを申すな。神葉、こやつを捕らえよ」

「マギ様、こいつは悪いやつじゃなさそうっすよ」

「!?」


 神葉の反応を理解できずマギは瀬良寺に顔を向ける。

 ところが、


「そうですね。師匠のおっしゃる通りです。いいやつだと思います」

「……おい?」


 ――こやつら、頭を強く打ったのか?


 すっかり警戒心をなくした2人を見て、マギは取り乱した。

 しかし著しく損傷しているマギ。

 取り乱そうにも体は動かない。

 だから黒鳥の妖怪が近づいてきても、


「よせ! 寄るでない!」


 と小声で主張するしかなかった。


「これ食べて♡」

「……むぅ?」


 黒い鳥が沖弓の死骸をマギに突きつける。

 当然のことながらマギは、


「食べるわけないであろう!」


 と拒否したが、それは口だけのこと。

 体は正直なマギだった。


「……嘘……」


 自身の意に反して白鳥はバクバクとそれを食べた。

 そして不思議なことに、食べ終わる頃には、すっかりマギの体は治癒していた。


「余は……余はもはや人間ではないのか!?」


 絶望するマギだったが神葉は冷静に、


「よかったじゃないっすか、元気になって」

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