「ぼく、リケイカイン」
妖怪は股間の黒鳥をぶらつかせながら名乗った。
「そうなんすか。わしは神葉っす」
「瀬良寺サンだ。よろしくな」
当たり前のように妖怪と自己紹介をする神葉と瀬良寺。
「おかしいぞ!!!!」
「何がっすか?」
「何もかもぞ! そもそも妖怪が人語を喋ることに驚かないのか!?」
「そう言えば……ヤバイっすね」
瀬良寺も頷きながら、
「噂にも聞いたことがありません。確かに驚くべきことです。……しかし、どうでもいいでしょう」
「そうっすね」
2人とも、すっかりリケイカインという存在に気を許してしまっている。
和やかな雰囲気。
「もうよい!」
痺れを切らしたマギ。
白鳥をブルンブルンとしならせて今にも攻撃しようとした。
しかし神葉がそれをぎゅっと握る。
「そんなことしてる場合じゃないっすよ」
神葉が睨むのは沖弓。
リケイカインの攻撃によりダメージを食らったとは言うものの、それは致命傷ではない。
その証拠に沖弓は新たな雪玉の製造を開始している。
「えぇい! ならば瀬良寺、こやつを拷問せよ!」
「ダメだ」
「なにゆえに!?」
「リケイカインには戦略的価値がある。ついでに言うと、ちょっとかわいい」
「余には拷問したであろうが!?」
「マギにはかわいげがない」
「余は公爵ぞ!!!!」
神葉も瀬良寺もやけにリケイカインに好意的だった。
そのことにマギの心がざわめく。
――おそろしい。一体これは何事ぞ? 余の方がかわいいというのに。
「マギ好きぃ♡」
唯一マギを肯定してくれるのはリケイカインだった。
マギにはそれが疎ましい。
「よせ。余にはぶりっ子など効かないぞ」
「好きぃ♡」
「近寄るでない! ……そち、仲間になりたいのか? 絶対ダメぞ」
「どうして?」
「人間と妖怪が仲良くなれるわけがないであろう! もしどうしても仲間になりたいと申すなら……裏切れ。そう、妖怪を倒すのだ。そうすれば余と親しくする栄誉を与えてやろうぞ」
「うん♡」
案外リケイカインはあっさりとマギの言うことをきいた。
「ふふん。あやつは空を飛べる。沖弓退治に徹底的に利用して、あとはポイしてくれるわ」
マギの最低な策も知らずリケイカインは沖弓めがけて飛んだ。
そして、すっぽりと、その体内に入り込んだ。
「……」
「……」
「……」
それっきり音沙汰なし。
「しまった。裏切らせるより先に股間を元に戻せと命じておくべきであった!」
後悔するマギだったが、もう遅い。
片目の沖弓は着実に雪玉の製造を進めている。
発射までは時間の問題。
「戦略的価値があると思っていたが……」
「なかったっすね」
瀬良寺と神葉は落胆。
今度の今度こそ希望がついえた。
「そちら、覚えておるか? 余がこの船に乗ろうとした時のことを」
唐突にマギが尋ねた。
「無賃乗船しようとした時っすよね」
「失望したぞ、あの時は」
冷めた様子で、神葉と瀬良寺が答えた。
「思い出してほしいのは、そこではないぞ。白鳥を掴んで余をハンマー投げの要領で吹っ飛ばせと提案したであろう?」
「……まさかマギ様……」
「今こそ、この思い付きを実行に移す時ぞ!」
神葉が躊躇したのは、ほんの一瞬。
ためらっている暇などなかったからだ。
白鳥をがしっと握った。
「しかし仮にも公爵様ですよ!?」
そう言いつつも瀬良寺の手は白鳥を握っていた。
「敵が空を飛ぶなら、こちらとて空を飛ぶまで。見ていろ、余が直々にやつの心臓を貫いてくれようぞ。……うわぁぁああぁぁぁ!!!!」
建前は切羽詰まった事態であること。
本音を言えば、この2人にはマギに対する敬意などほぼほぼないこと。
その結果、重傷を負っているとは思えないほどの腕力をもって、マギを投げ飛ばした。