「おいで」
港からしばらく進んだ草原にて、瀬良寺サンは空に手をかざした。
青空を舞うのは一羽の鳩。
公儀祓除人が遠方との連絡に用いる伝書鳩だ。
「よしよし。いい子だ。どれ……」
腕にとまった伝書鳩。
瀬良寺は鳩の足に巻かれた紙をほどき、目を通す。
よく晴れた日だった。
数日前の海上戦とはうってかわって穏やかな時間が流れる。
「リケさん、動かないでくださいっすよ」
一方、神葉ギウデはリケイカインの体にメジャーを巻き付けていた。
「採寸するっすからね」
「あい♡」
リケイカインを裸のままにしておくと妖怪が出現したと騒ぎになるので、服を着せることにしたのだ。
何かと器用な神葉。
武芸のみならず裁縫にも秀でていた。
買い付けた布を見る見るうちに服へと仕立てていく。
「神葉、すごい」
「これくらいできて当然っすよ。武士は何でもできなきゃいけないんすもん」
戦場にお供をつれていく武士など普通はいない。
よって武士は料理も裁縫も医療もその他あらゆることを心得ていなければならない。
「ヤットーのお稽古もサボっておられるマギ様には、せめて料理くらい一人でできるようになっていただきたいもんすよ。……マギ様?」
ちくりちくりとお小言を刺す神葉。
しかし大工部マギのバカっぷりは神葉の想像を絶していた。
「むぅ。これでは食べ足りないぞ」
「嘘っしょ?」
神葉が炊いた米はマギによってあらかた食べ尽くされていた。
沖弓退治のお礼として汽船会社からもらった米。
マギが昼寝をしている間に、神葉が炊いて、瀬良寺がおにぎりにした。
働かざる者、食うべからず。
マギの知らない言葉だった。
ぎゃあぎゃあ言い争うマギと神葉。
「そんなことで騒いでる場合じゃないですよ!」
瀬良寺が焦った様子で駆けつける。
「蚊虻教のことがわかりました」
* *
瀬良寺の飛ばした鳩は、日本各地に点在する公儀祓除人からたくさんの情報を得て帰ってきた。
「まず蚊虻教の特徴を一言で表すなら無名です」
砂糖をたっぷり入れた緑茶をすすりながら瀬良寺が語り始めた。
「無名だから脅威とは見なされていないし、得られた情報は多くありません」
「マギ様、まだ食べるんすか。もうあんたは十分食べたっしょ」
「師匠、聞いてください……」
追加で作ったおにぎりを独り占めしようとするマギ。
その隣ではリケイカインが初めて見るおにぎりをまじまじと見つめ、ぱくり。
美味しさに感動している。
「やめぃ、リケ。余は公爵ぞ。この世のおにぎりはすべて余のものぞ」
「はい、続けます」
溜め息混じりに瀬良寺が、
「蚊虻教が無名なのは信仰内容や勧誘方法が穏健であるためです。ささやかながら慈善事業をしてる点も、幕府から目をつけられない理由でしょう」
「でも妖怪をおびき寄せるやつらっすよね」
神葉がおにぎりを頬張りながら、
「裏の顔はヤバイんじゃないすか?」
「まあ、そうだと思うんですけど……」
「要するに具体的なことはわからなかったんすね」
「で、でも! イベントを開く場所はわかりました!」
瀬良寺はおにぎりに手を伸ばしつつ、
「ここ加古川で間違いありません」
広井船長が下船して行くつもりだったとすれば、イベント会場は港から遠くない場所だと考えられる。
辻褄は合う。
「むぅ?」
ふとマギは視線を感じた。
木陰に子供たち。
「余は公爵ぞ。そのような汚い身なりで余に近う寄るでない」
「お~い。一緒におにぎりどうっすか?」
「神葉!」
普通の人間なら、神葉のように子供たちを呼び寄せただろう。
服はボロボロ。
体はガリガリ。
瞳は物欲しげ。
明らかに食事をほしがっている。
おどおどしながら4人の輪に近づいた。
「これはすべて余のおにぎりぞ」
「マギ様はバカだからわからないんしょ。ここら辺は貧しいんすよ」
「余には関係のないこと」
「貧困対策を怠ってるのは幕府っす。あんたの親父さんは貴族院の議員っす」
「……」
「何より民を守るのが……?」
「公爵の務めぞ……ほれ」
おにぎりを子供たちに差し出してマギは緑茶をすすった。
それから、なんとなくリケイカインを叩いた。