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第027話 夏の夜のイベント

 たった1匹の妖怪。

 そう思っていたら増殖した。

 合計5匹。


「とにかく余る猿に傷口を与えたらいけないっす。無限に増えられてしまうっすから」


 手持ちの武器が刀では神葉には戦いようがない。


「ふん。ならば為すべきことは決まっておる」


 動いたのはマギだった。

 戦闘中とは思えないほど、堂々と、ゆっくり、どすどすと歩き、リケイカインに近づく。


「マギ、どうするの?」


 にこにこ顔のリケイカイン。


「こうするぞ」


 マギはリケイカインの黒鳥を鷲掴みにした。

 バットを振るかの如くリケイカインをスイング。

 リケイカインの体は硬かった。

 まるで鉄のように。

 余る猿は意外な攻撃に為す術もなく吹っ飛ばされたのだった。


「妖怪をかわいそうだと思うのは初めてだ……」


 瀬良寺はちょっと引いた。

 しかし肝心のリケイカインはまったくへこたれていない。

 むしろ自分をぞんざいに扱ったマギにすりすり。


「マギ、好きぃ♡」

「ええぃ、うっとうしいぞ!」


 さて、気になるのは村人たちの反応だった。

 妖怪の出現と戦闘。

 それらを目の当たりにすれば、普通の人間は恐怖に駆られる。

 そして助けてくれた人に尊敬の念を抱くだろう。


 ――その敬意に漬け込めば、もっと立ち回りが簡単になるっすねぇ。


 心の中でほくそえんだ神葉。

 ところが村人からはお叱りの声が。


「もう少し妖怪に優しくしてあげてちょうだいな」

「……え?」

「妖怪との共存。それが蚊虻教の教えだからねぇ」


 彼らの敬意はすでに蚊虻教に注がれていたのだ。


 ――炊き出しで食わせてくれる方が命の恩人っすよね、そりゃ。


 神葉は肩を落とした。


     *     *


「妖怪と共存しましょう! それが平和への唯一の道です!」


 夏の夜空にセミよりうるさいガナリ声が響く。

 同時開催の布教イベントと夏祭りが始まった。


 何もない田舎に大勢の人々が終結している。

 ノリで来た若者。

 小金持ち観光客。

 どさくさまぎれの売春婦。


「思った以上に人を集めたものだな」

「余の城下町ほどの賑わいではないがな」


 感心する瀬良寺と、ふんぞりかえるマギ。

 そばにはもちろん神葉と、


「祭り、楽しい♡」


 神葉に作ってもらった浴衣を着ているリケイカイン。

 マギに近寄って、


「浴衣、似合う?」

「そちのことなど、どうでもよい。それよりも……」


 マギの興味は建ち並ぶ屋台にあった。

 これまた、どこからともなく集まった香具師連中である。

 水風船や金魚すくいには目をくれない。

 マギの視線は、りんご飴、焼きそば、とうもろこし、イカ焼き、かき氷、わたあめ……。


「神葉、片っ端から買ってこい」

「無理っすよ。お金がないっす」


 一瞬、絶望しかけたマギであった。

 が、救いの糸は垂らされた。


「屋台の商品はすべて無料でございますよ」


 ご丁寧に、服に「蚊虻教」と書かれていることから、その男の所属は明らかだった。

 教団の信者は微笑をへばりつかせた顔で、


「屋台には後で蚊虻教から支払いをすることになっておりますので。我々としてはお客様に心からイベントを楽しんでいただきたいのです。ですから保護者の方もどうぞご安心して……」


 信者の男性が神葉に目をとめて言葉を詰まらせる。


「何すか?」

「い、いえ……。どうぞ、ごゆるりと」


 慌てるように彼はその場を立ち去った。

 瀬良寺は平静を装いながら、


「師匠、あの人とお知り合いですか?」

「あ~、マギ様! いくらタダだからって、そりゃもらいすぎっすよ!」

「……」


 何かもう一言、神葉に言いたい瀬良寺。

 しかし大きな音がその気持ちをかきけした。


 太鼓。


 複数の太鼓が景気よく叩かれる。

 場所は大きなステージ。

 人々の注目が集まる。


「それでは蚊虻教の救祖にご登場していただきましょう~~!!!」


 司会者らしき信者の呼び掛け。

 すると、まんまるヘアーにマスカレードマスクの男が舞台に現れた。


「よ。教祖じゃなくって救祖。めぐるカズスエっていいまーす。はい、よろしくー」

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