「余は妖怪ではないぞ!」
イライラをリケイカインにぶつける。
強烈な張り手。
リケイカインは怒らず、むしろ満面の笑みで、
「マギ、好きぃ♡」
「気色悪い!」
リケイカインから逃れるようにマギは迷路を進む。
「マギ様、危ないっすよ!」
神葉の不安は的中。
一人でさっさと歩くマギの足がくくり罠にかかり、更に上から網が落ちてくる。
「はぁっ!」
助けたのは瀬良寺。
棍棒をくるくる回転させ網を絡め取った。
「ったく、気をつけろよ、マギ」
「様を付けろ」
「公爵様はありがとうも言えないのか?」
「ふん!」
マギの態度に呆れつつ、瀬良寺は棍棒から網を取り除こうとする。
しかし、できない。
網は複雑に絡まっていた。
神葉が刀で斬ってあげた。
「師匠、かたじけないです」
「いいってことっすよ。それぞれに持ち味があるっすから。補い合っていくもんす」
さすがのマギも用心することを覚えた。
仕掛けにおびえながら、そろりそろりと進む。
「むぅ!」
次なる仕掛けは矢だった。
数枚の瓦が引っくり返り、弓矢が現れる。
弓を引く人はいない。
一種のカラクリであった。
「補い合うぞ!」
マギはリケイカインを盾にした。
神葉と瀬良寺は武器を使って、矢を打ち落とす。
「マギ様、補い合うってそういうことじゃないっすよ」
矢がもう飛んでこなくなったことを確かめてから、神葉は冷たい眼差しを主君に向けた。
「リケさんも嫌だったら、やり返していいんすよ。マギ様なんて一応爵位を持ってるだけで、城を追放された身分なんすから」
「マギ、かっこいい♡」
「うーわ、ヤバイっすね」
などと会話しながら歩いているうち、早速、仕掛けが発動した。
今度は刀。
やはりこれも人が刀を持って襲いかかって来るわけではなく、無人の攻撃であった。
「マギ様、リケさんを盾に!」
「うむ!」
「リケさんは鳥で刀をへし折ってくださいっす!」
「あい♡」
瞬時に指示を出す神葉。
マギとリケイカインは完璧に応じてみせた。
「……」
不甲斐なさを痛感するのは瀬良寺である。
自慢の棍棒はリーチで鳥に及ばない。
神葉ほどの統率力もない。
特に何もできない。
「それにしても……この迷路の仕掛けは意図的なんすかね」
瀬良寺の苦悩に気づかぬふりをして、神葉が首をかしげる。
「意図的でないとしたら、自然発生したということか?」
「バカなこと言わないでくださいっすよ、マギ様。さっきから仕掛けが、落とし穴、網、弓矢、そして刀って風に近代化してるんす」
「つまり?」
「歴史を再現してるように見えるんすよね」
無知蒙昧なことを恥じないマギ。
堂々と、
「そちの申すこと、さっぱりわからないぞ」
「勉強サボってるっすもんね。いいっすか、ここでついでに歴史の授業をするっすよ」
「よせ。難しい話を聞くと、余は具合が悪くなる」
「原始時代、人は妖怪相手に無力だったっす」
迷路を進みながら、授業も進める。
「人類には石器くらいしか武器がなかったっすからね」
だが次第に人類は文明を発展させていった。
辿り着いた技術の最高峰が刀である。
これに伴い、妖怪退治はかなり容易になった。
「当然、強い人が権力を持つっすから、武士を中心とした政治体制ができるわけっす。いわゆる御一新っすね。マギ様、あんたが爵位を持ってて、ふんぞりかえっていられるのも、あんたのご先祖様が頑張ったからなんすよ」
「ふむ」
「理解できたっすか?」
「うむ」
「できてなさそうっすね」
神葉はもう一度同じ説明を繰り返す。
マギが覚えるまで何度でも喋り続けるつもりだった。
こんな機会でもなければ、サボリ体質のマギに勉強してもらうのは難しいからだ。
しかし、
「師匠、迷路が終わるようです!」
瀬良寺の言葉に、マギはうきうき。
「よし、授業は終わりぞ! 助かった。熱が出そうで仕方なかったゆえ」