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第030話 救祖と妖怪の取引

「やっぱあいつらはゴールまで来ちゃいましたかー」


 ラビリンス・レースは最終局面。

 10名ほどがゴール目前に迫っていた。

 木の上から高みの見物を決め込むのは救祖。


「まー、神葉もいるし当然かな」

「失礼する」


 俊敏に木登りをして来たのは、


「余る猿さん、どうもですぅ」

「そう気楽にされては困る。こちらは手をこまねいているのだ」


 妖怪が目の前に現れても、救祖に動じる様子はない。


「負けたらしいですね。んんんん」

「笑うな」

「だって、よりにもよって狙っている標的でかっ飛ばされちゃったんでしょ? カッキーンって」

「その標的を捕らえるための交渉をしたい。……人類殲滅をもくろむ貴様にとって悪くない話だ、救祖」


 妖怪との共存。

 世界平和。

 人助け。

 そんな綺麗事を謳う教団の正体が垣間見えた。


「お前が私にしてほしいことはリケイカイン捕獲のお手伝い。で、お前が私にしてくれることは?」

「卵の供給だ」

「何個?」

「1個で十分だろう」

「十分じゃないですぅ」

「……2個」

「OK」


 取引が成立した。

 マスカレードマスクの下で救祖は目を細める。


「それにしても……」


 余る猿は心底不思議そうに、


「なぜ貴様は同胞を殲滅しようとする? 生命の目的とは増殖以外にないではないか?」

「んんんん。詮索しなさんな」


 救祖と余る猿がいる木。

 その近くの木の枝に、聞き耳を立てている者が一人ひそんでいた。


     *     *


「先を越されてはならぬぞ!」


 ゴール付近まで来たのが自分たちだけではないと知り、マギは焦った。

 複数に分かれていた道が今ひとつになった。


「でも、なんかおかしくないっすか?」

「黙れ! 急げ、神葉!」

「迷路って言うけど、全然行き止まりとかなかったっすよね。迷う要素がまるでなかったじゃないっすか」

「どうでもよいわ! 卵は早い者勝ちぞ!」


 ゴールに設定された場所は祭壇だった。

 濃緑の台の上に、所せましと果実や団子などが供えられている。

 その真ん中で異彩を放つのが妖怪の卵。


 ほとんどの参加者が脱落し、残った10名ほどが卵に向かって走る。


「遠慮は無用ぞ! 刀を使え!」

「無茶苦茶っすねぇ……」


 当然のことながら神葉はマギの命令を真に受けない。

 的確に人々の急所を打ち気絶させていく。


「これなら私にもできる!」


 瀬良寺が勢いづく。

 彼の棍棒には生物を酩酊させる毒がある。

 迷路の中で活躍できなかった鬱憤を晴らすかのように働いた。


「何を突っ立っておる! そちは空を飛べるであろうが!」

「そうだが?」


 マギは偉そうにリケイカインをどつき、


「ならば飛べぃ!」

「あい♡」


 素直に飛ぶリケイカイン。

 懸命に走る神葉、瀬良寺、その他の参加者。

 誰が卵を獲得するのか?

 注目の瞬間。


 大砲の音が響いた。


 それは花火の音に紛れて、決して迷路の外の人たちには気づかれなかっただろう。

 しかし、確かに、大砲が放たれた。

 それも、たくさん。


「むごいことを……」


 土煙が消える。

 凄惨な光景がマギをうならせた。


「誰か生きているか!?」


 祭壇も。

 卵も。

 その付近にいた人々も。

 ……木っ端微塵。


「わしは大丈夫っす」

「私も。……少し負傷しましたが」


 神葉と瀬良寺が煙に咳き込みながら応答。

 二人は瞬時にその場を離れ、事なきを得たのだった。


「リケはいずこ?」

「こ・こ・だ・よ」

「むぅ!?」


 声がするのは上空。

 見上げたマギはびっくりした。

 リケイカインを糸で拘束した救祖が宙に浮いているのだ。


「そちは妖怪か!?」

「ちーがーいーまーす。すべては神の奇跡ですぅ」


 世間知らずのマギと違い、瀬良寺は一目でトリックを見破る。

 自分の額から流れる血を救祖の足元に飛ばしたのだ。

 その結果、救祖の足元に張られた糸がくっきり浮かび上がった。


「ほぉ。手品というものか」

「感心してる場合じゃないぞ、マギ! 仲間が奪われたんだ」


 焦りとイライラに同時に襲われる瀬良寺。

 更に苦悩は続く。


「それだけじゃないっすよ。ほら、あれを見てくださいっす」


 神葉の視線の先には、


「余る猿!」


 5体に分裂した例の妖怪。

 瓦の壁を乗り越えて現れる。


「裏切り者は処刑する。協力に感謝するぞ、救祖」

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