「やっぱあいつらはゴールまで来ちゃいましたかー」
ラビリンス・レースは最終局面。
10名ほどがゴール目前に迫っていた。
木の上から高みの見物を決め込むのは救祖。
「まー、神葉もいるし当然かな」
「失礼する」
俊敏に木登りをして来たのは、
「余る猿さん、どうもですぅ」
「そう気楽にされては困る。こちらは手をこまねいているのだ」
妖怪が目の前に現れても、救祖に動じる様子はない。
「負けたらしいですね。んんんん」
「笑うな」
「だって、よりにもよって狙っている標的でかっ飛ばされちゃったんでしょ? カッキーンって」
「その標的を捕らえるための交渉をしたい。……人類殲滅をもくろむ貴様にとって悪くない話だ、救祖」
妖怪との共存。
世界平和。
人助け。
そんな綺麗事を謳う教団の正体が垣間見えた。
「お前が私にしてほしいことはリケイカイン捕獲のお手伝い。で、お前が私にしてくれることは?」
「卵の供給だ」
「何個?」
「1個で十分だろう」
「十分じゃないですぅ」
「……2個」
「OK」
取引が成立した。
マスカレードマスクの下で救祖は目を細める。
「それにしても……」
余る猿は心底不思議そうに、
「なぜ貴様は同胞を殲滅しようとする? 生命の目的とは増殖以外にないではないか?」
「んんんん。詮索しなさんな」
救祖と余る猿がいる木。
その近くの木の枝に、聞き耳を立てている者が一人ひそんでいた。
* *
「先を越されてはならぬぞ!」
ゴール付近まで来たのが自分たちだけではないと知り、マギは焦った。
複数に分かれていた道が今ひとつになった。
「でも、なんかおかしくないっすか?」
「黙れ! 急げ、神葉!」
「迷路って言うけど、全然行き止まりとかなかったっすよね。迷う要素がまるでなかったじゃないっすか」
「どうでもよいわ! 卵は早い者勝ちぞ!」
ゴールに設定された場所は祭壇だった。
濃緑の台の上に、所せましと果実や団子などが供えられている。
その真ん中で異彩を放つのが妖怪の卵。
ほとんどの参加者が脱落し、残った10名ほどが卵に向かって走る。
「遠慮は無用ぞ! 刀を使え!」
「無茶苦茶っすねぇ……」
当然のことながら神葉はマギの命令を真に受けない。
的確に人々の急所を打ち気絶させていく。
「これなら私にもできる!」
瀬良寺が勢いづく。
彼の棍棒には生物を酩酊させる毒がある。
迷路の中で活躍できなかった鬱憤を晴らすかのように働いた。
「何を突っ立っておる! そちは空を飛べるであろうが!」
「そうだが?」
マギは偉そうにリケイカインをどつき、
「ならば飛べぃ!」
「あい♡」
素直に飛ぶリケイカイン。
懸命に走る神葉、瀬良寺、その他の参加者。
誰が卵を獲得するのか?
注目の瞬間。
大砲の音が響いた。
それは花火の音に紛れて、決して迷路の外の人たちには気づかれなかっただろう。
しかし、確かに、大砲が放たれた。
それも、たくさん。
「むごいことを……」
土煙が消える。
凄惨な光景がマギをうならせた。
「誰か生きているか!?」
祭壇も。
卵も。
その付近にいた人々も。
……木っ端微塵。
「わしは大丈夫っす」
「私も。……少し負傷しましたが」
神葉と瀬良寺が煙に咳き込みながら応答。
二人は瞬時にその場を離れ、事なきを得たのだった。
「リケはいずこ?」
「こ・こ・だ・よ」
「むぅ!?」
声がするのは上空。
見上げたマギはびっくりした。
リケイカインを糸で拘束した救祖が宙に浮いているのだ。
「そちは妖怪か!?」
「ちーがーいーまーす。すべては神の奇跡ですぅ」
世間知らずのマギと違い、瀬良寺は一目でトリックを見破る。
自分の額から流れる血を救祖の足元に飛ばしたのだ。
その結果、救祖の足元に張られた糸がくっきり浮かび上がった。
「ほぉ。手品というものか」
「感心してる場合じゃないぞ、マギ! 仲間が奪われたんだ」
焦りとイライラに同時に襲われる瀬良寺。
更に苦悩は続く。
「それだけじゃないっすよ。ほら、あれを見てくださいっす」
神葉の視線の先には、
「余る猿!」
5体に分裂した例の妖怪。
瓦の壁を乗り越えて現れる。
「裏切り者は処刑する。協力に感謝するぞ、救祖」