「まあラッキーかもな、これは」
卵を横取りしたのは救祖だった。
救祖は卵2個を両手に抱えた状態で笑う。
「お得意さんが死んじゃったのはマジ萎えるんですけど、卵が2個も入手できたのでね」
「余の卵ぞ!」
「おバカさんは黙っててくださーい」
マギのことなど微塵も恐れない救祖。
糸で拘束していたリケイカインをあっさりと解放した。
「待て! 余がほしいのは卵ぞ! リケなど、どうでもよいわ!」
「マギ♡」
「近寄るな! 頬擦りするな!」
全身を糸で固められたままだがリケイカインは元気だった。
しかしマギはおさまらない。
「卵を寄越せ! あるいは情報を寄越せ! 余の股間を元に戻す方法を知らないか!?」
「じゃ!」
救祖は糸から飛び降りる。
背中に装着した特殊なカラクリで空を飛ぶ。
マギは白鳥を伸ばす。
何が何でも引きずり下ろそうという魂胆だ。
「お前に用はないんだよ、バカ公爵。それより瀬良寺くん!」
白鳥から逃飛行しながら救祖は瀬良寺に語りかけた。
「もしきみがお父さんの死の真実を知りたかったら、花の都の図書館においでよ! すべてを教えてあげるからさ!」
「どういうことだ!? お前は……父を殺した伝説の公儀祓除人のことを知ってるのか!?」
「知ってるよ~。じゃ~ね~」
* *
救祖はすべての信者を置き去りにした。
彼にとって信者など手駒に過ぎなかった。
実際、信者の多くは教団と妖怪の繋がりを知らない。
「でも、わたくしめはすべてを知ってしまいました」
呟くのはイベント会場で神葉に話しかけた信者。
……いや正確には信者に成り済ました男だった。
「妖怪と繋がり、秘密裏にカラクリを製造・保有する蚊虻教。まさかまさかの人語を発する妖怪の出現。公爵殿下は妖怪の如き姿になっておいででございました。驚くべきことがたくさんたくさんありました」
はーっと溜め息をつきつつ、男は信者の衣を脱ぎ捨てた。
「それにしても最大の収穫は伝説の公儀祓除人が生きていたことですよ。よりによって自分が殺した男の息子と行動を共にしているとはね」
男は伝書鳩を空に放つ。
「上に報告せねばなりますまい」
* *
翌朝、加古川に警察が大挙した。
数人の公儀祓除人も駆けつけた。
無論、蚊虻教の一斉検挙が目的である。
「なんてことをしてくれたんだ!」
マギたちを村で歓迎してくれた人々は意外にも罵詈雑言を浴びせてきた。
「余はそちらをカルト教団から救ってやったのだぞ!?」
「幕府側の人間に救ってもらったことなんて一度もないよ! 妖怪も野放しだし飯はくれない。あの教団の人たちの方がよっぽど私たちを救ってくれたよ!」
「しかし、あのままでは、いつかそちらは悪いことに利用されていたかもしれないぞ」
「それで結構! 餓死するくらいだったら幕府に一矢報いるような死に方の方がましだ!」
激しく主張する者たちは信者と見なされ連行された。
マギは不安げに尋ねる。
「瀬良寺、あの者たちはどうなるぞ?」
「拷問の末に処刑。言うまでもないだろう」
「余には……何もしてやれないのか?」
「仕方がないよ。私たちの目的は彼らを助けることじゃない。道草を食うわけにはいかない」
空しさを抱えたまま、マギたちは旅を再開するのだった。