日本最大の都市・江戸。
豪勢な建築物が並ぶが、とびっきり人目を引くのは言うまでもなく大江戸城である。
内部に設置された貴族院では今、会議が行なわれていた。
「臨時召集とは珍しい」
権力者たちが椅子にふんぞりかえる。
「いったい何事ですかな? 少子高齢化対策か、それとも妖怪退治に関して?」
「ここでそんなことが話し合われたことがあったっけか?」
「何もしないでいるのが貴族たる者の務めと心得ておりますからな」
子供のようにざわめく議会。
静めるのは議長の役目。
「静粛に。本日は公儀祓除人からの報告をお伝えせねばなりません」
議員たちは沈黙する。
しかし慌てた様子はない。
彼らにとって公儀祓除人など取るに足らぬ存在でしかないのだから。
議長は顔をしかめながら、
「少々ややこしい事態になりました」
議長は公儀祓除人からもたらされた報告を淡々と読み上げる。
伝説の公儀祓除人を発見したとのこと。
人語を喋る妖怪を発見したとのこと。
公爵・大工部マギの股間に白鳥が生えているとのこと。
蚊虻教なるカルト教団が跋扈しているとのこと。
「皆さん、いかがしましょうか?」
「いかがするも何も……邪魔な存在は消せばよいだけでは?」
「そうだそうだ」
「異議なし」
「臨時召集するほどのことかね」
「早く殺せ」
再び議会がざわめきに支配された。
その中にあって、ただひとり沈黙を守る者がいる。
「あなたはどう思いますか?」
議長はその男に向かって、
「わざわざ議会を召集したのは、あなたのためを思ってのことです」
意見を求められた男は軽く頭を下げた。
目に涙はなく、額に汗はない。
この人物こそ松山藩主にしてマギの父親――大工部ヒトフリである。
「じゃあ鬼を派兵しましょう」
一瞬にして議会が静まりかえる。
「本気ですか? あなたが一番知っているでしょうが、鬼の力は凄まじい。もしかしたらあなたの子息も犠牲になるかもしれないのですよ」
しかし、ヒトフリの表情にはいっぺんの曇りもない。
「国益最優先ですね」
* *
そんなことも露知らず、大工部マギは炎天下を偉そうに歩いていた。
「神葉、余の肩に陽が当たっているぞ」
残暑が厳しい。
神葉ギウデはかよわい君主のために日傘を差してやらなければならなかった。
「文句を言うくらいなら自分で持てばよくないっすか?」
「余に箸より重たいものを持てと申すか?」
「そっすね」
「ふん。そちがいくら冷ややかな態度を取ろうとも、いっこうに涼しくならないぞ」
リケイカインはふと思い付いて、道端の植物から大きい葉っぱをちぎった。
「マギ、日傘ぁ♡」
その媚びは裏目に出た。
「暑い! そちの愛情は暑苦しい!」
「好きぃ♡」
「あっつ! 熱い! そちの体、やけに熱いではないか!」
リケイカインの体は太陽光をまともに浴び続けて、すっかり熱くなっていた。
鉄のような体であった。
――父の真相を知りたい……。
一方、瀬良寺サンは黙々と歩き続けた。
「花の都に行けば父の死の真実がわかる」
加古川で救祖に言われた言葉がずっと胸につかえていた。
なぜ救祖が父の死の真相を知っているのか?
どうして教えてくれるのか?
そもそも父の死に謎があるのか?
疑問は果てない。
「あぁ~、喉が乾いたぞ。腹がへったぞ。花の都とやらに行っても、まさか花しか無いなんてことはないだろうな?」
いつまでも苦情を吐くマギ。
瀬良寺は振り返りながら、
「安心しろ、マギ。花の都こと御所藩は江戸に次ぐ第2の都。美味いものがたくさんあるぞ」
「詳しいな」
「私の出身だからな。久々に母に会える」
ふと口をついて出た母という言葉。
なんとなく場の空気が重くなった。
「やめにしないっすか?」
突然、神葉が提案した。
「マギ様は蚊虻教から、妖怪についての情報を得たいんすよね? でも花の都と蚊虻教は関係ないっすよ」
「そうでもないようですよ、師匠」
瀬良寺の目に飛び込んできたのは、複数人に追われる人の姿。
「むぅ?」
マギは追跡者の服装に見覚えがあった。
「蚊虻教のやつらではないか!」