人が追われている。
独特の服装からして追跡者たちが蚊虻教の信者であることは間違いなかった。
だったらやることは決まっている。
「蚊虻教の魔の手から罪無き人を助けましょう、師匠!」
「御所藩には蚊虻教が関わっているようだぞ。ならば御所藩に行くしかないであろう、神葉?」
威勢のいい瀬良寺とマギ。
しかし返事はない。
「神葉、逃げた」
リケイカインの報告が一瞬の沈黙をもたらした。
しかし動じている暇はない。
「私が眠らせる。マギとリケイカインはやつらを一人も逃がさないようにしてくれ!」
即座に指示する瀬良寺。
棍棒に仕込んだ毒が瞬時に信者を眠りにつかせた。
慌てて踵を返した信者も鳥に威嚇されて逃げられない。
戸惑っている間に棍棒を喰らって気絶。
「迷路で培ったコンビネーションぞ」
「マギ、かっこいい♡」
幾多の危機を乗り越えてきた彼らにとっては朝飯前のことであった。
「それにしても神葉め、どこに行った。あいつがいなくなれば誰が余に日傘を差すのか」
マギがきょろきょろしている一方、瀬良寺は追われていた人に駆け寄る。
「大丈夫ですか」
「瀬良寺ちゃ~ん!!」
「うわっぷ!」
長身の男性が瀬良寺に飛びかかった。
全力のハグ。
「な、何をする!」
「ちょっと、なに遠慮してんの。サソリだよぉ!」
「……え?」
「まさかサソリのこと忘れたの? なんで? どうして? サソリって瀬良寺ちゃんにとってどうでもいい存在だったわけ? あ、そう。そうなんだあ。じゃあ、サソリと瀬良寺ちゃんが過ごした日々は全部なんの意味もなかったってわけだ」
「おおおお落ち着いてください!」
瀬良寺は怯えたように、
「いま思い出し――いや、片時もあなたのことを忘れたことなどありません!」
「え~~~~? 本当に~~~~?」
かったるそうに近づきながらマギが、
「その怪しげな巨漢は知り合いか?」
「……怪しげ? 巨漢? 失礼なドチビだな、こいつぅ。って言うか、なんちゅうモノ生やしてんの」
「そちの方こそ失礼ではないか。余は公爵ぞ。敬うか?」
「はぁ~~~? あんたみたいなドチビが公爵~~~?」
喧嘩腰のマギと男性。
その真ん中に挟まる瀬良寺が言いづらそうに、
「サソリ様、こちらの方が公爵だというのは本当です。……一応」
「うっそでしょ?」
「松山藩主のご子息、大工部マギ様です」
途端にサソリと呼ばれた男性はひざまずいた。
「これはこれは失礼しました~! まさかこのように可憐な男児が爵位を持っておられようとは思いもせず」
「えっへん」
「申し遅れました。風詠サソリ。御所藩主です」
「藩主? ……偉いのか?」
「男爵です」
「余は公爵ぞ」
「はいはい、すごいね。サソリよりあんたの方が上よ」
「ふふん」
相手をバカと見抜くや、サソリはマギにタメグチをきくことにした。
それからリケイカインに目をやり、
「そっちのニヤニヤしてるガキは?」
「リケイカインと申しまして、実は……」
瀬良寺が説明をしかけたところで、
「おぉーい! こっちにいたぞ!」
遠くから声が。
「ヤバ。また追っ手が増えた。あんたたち、とりあえず逃げるよ!」
走り出すサソリ。
マギたちは後に続いた。
* *
「今も公儀祓除人のお仕事を続けてるんだー。偉いね」
「母上にはいい顔をされていませんけどね」
「あんたのママ、すっごいキレてる。早く辞めて家業を継げーって」
「はは……」
逃走中もサソリと瀬良寺の話に花が咲く。
「むぅ~。ここは涼しげでよい」
マギには2人のことなど関係ない。
久々の快適な環境に思わず、ごろりと横になる。
ここは洞窟の中。
「こら、マギ。休むな」
瀬良寺がマギを無理矢理起こす。
「あら~。公爵さまに随分な対応だね」
「いいんです、こんなやつ。……それにしても、よくこんな抜け道をご存じでしたね。本当に都のど真ん中まで続いてるんですか?」
「ふふ。サソリね、退屈なお城を抜け出して、ちょくちょくあちこち遊びに出掛けてるんだ。んでね、庶民の人々にいろんなこと教えてもらうの」
護衛もつけずに。
サソリの能天気っぷりに、瀬良寺はめまいを覚える。
「今後はお控えください。先程サソリ様を追いかけていたのは、蚊虻教なるカルト教団の信者です。やつら、いつの間にか御所藩にまで勢力を伸ばしていたとは……」
「知ってる」
「……え?」
「お恥ずかしいことなんだけども……」
サソリの表情が険しくなる。
「御所藩は蚊虻教に乗っ取られてしまったんだ」