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第036話 生産性ないから人権ない

 洞窟の中。

 瀬良寺の背中にひんやりと悪寒が走る。


御所ごせ藩が蚊虻教に乗っ取られた?!?」


 にわかには信じられなかった。

 第一そのような話は聞いたことがない。

 全国各地の公儀祓除人に伝書鳩を飛ばして聞き込みを行なった際にも入ってこなかった情報だ。


「そりゃそうよ。サソリのそっくりさんが藩主になりすましてんだもん。表向きには御所藩はいつも通りってわけよ」

「……犠牲者は?」

「殺しはないよ。そんなことしなくたってさ、宗教で洗脳すればいいんだからさ」


 すっかり上層部は蚊虻教にのめりこんでいるらしい。

 最近、城の中に蚊虻教の本拠地まで設置されたとか。


「情けないことぞ」


 マギが偉そうに、


「藩主ならば、さっさとカルト教団なぞ潰してしまえ。民を守るのが公爵の務めぞ。おっと、そちは男爵であったな。ふっふん」

「追放された身でありながら、なんて言いぐさだ」


 瀬良寺がマギをにらむ。

 だが案外サソリはマギに同意した。


「本当、藩主失格だよ。妻ちゃんが信者になっちゃったからさ、サソリも強く言えなくって」


 通路が次第に狭くなる。

 洞窟内に差し込む明かりが大きくなる。

 出口が近いことを示していた。


「ところが、この出口が小さいんだ」


 サソリの大きな体が出口につっかえてしまった。


「瀬良寺ちゃん、サソリを押して」

「承知」

「ちょっと!? どこ触ってんの!!?」

「尻です」

「もーーー!! スケベーーーー!!!! やめてーーー!!!」

「無理をおっしゃいますな。今しばらく堪え忍んでくだ――おわっ」


 急にサソリが出口を通り抜けた。

 安否を確認するため、瀬良寺も洞窟を出る。

 簡単に通れた。


「洞窟の外から、この子が引っ張ってくれたんだ。瀬良寺ちゃんと違って、えっちなところは触らずにね」


 サソリは無事だった。

 にもかかわらず瀬良寺は身構える。

 サソリの脱出を手伝った人物を見たからだ。

 鼻と口を隠すような形状の覆面をした子供。


「無礼者! 身分をわきまえろ!」


 覆面の子供に対し瀬良寺は声を荒げる。


穢多えたが藩主さまに近づくな!」


 その覆面は被差別身分の目印。

 通常、高貴な身分とは交わることのない存在である。

 しかしサソリの考え方は違った。


「差別しちゃダメだよ、瀬良寺ちゃん。サクラちゃんは穴にはまった私を助けてくれたしさぁ。この洞窟の存在を教えてくれたのも、穢多の人たちなんだよ?」

「……まあ、使い勝手があるのなら交流を否定しませんが」

「損得勘定なしに、ね。人には心があるって話」


 マギとリケイカインも洞窟から出てきた。


「話は聞かせてもらった。理解はできなかったぞ」


 堂々と無能をさらすマギ。

 サソリは勘違いして、


「さすが公爵マギ様。そうよね、人を差別するなんて理解できないよね」

「サソリ様、そうではなくてマギは本当に理解ができていません」


 瀬良寺が訂正した。


「で、どこからわからないんだ?」

「穢多とは何ぞ?」

「そこからか……」


 数分間、マギは瀬良寺から説明を聞いた。

 穢多とは特定の職に従事する人々。

 その職業は地域によって異なるが、御所藩の場合は花を育てることである。


「まだわからないぞ」

「どこがわからないんだ?」

「花を育てて、どうして差別されなければならない?」

「生産性がないからに決まってるだろ」

「瀬良寺、そちの目は節穴ぞ」


 マギは鮮やかな景色に目をやる。

 ここはすでに都の中。


 花の都。


 その名の通り、色とりどりの多様な花が咲き誇っていた。

 土の上にも。

 屋根の上にも。

 塀の上にも。

 橋の上にも。

 あちらこちら至るところに。


「都それ自体が花のようだ。花を育てる者をバカにするなら、そちは自分の生まれ故郷をバカにしている」


 穢多の少年――サクラが無言で頭を下げた。

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