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第037話 お花を育てよう

「――で、どうして私が穢多の格好をしなきゃいけないんですか!!?」


 瀬良寺は断固抗議した。

 ぼろの服に、鼻と口を覆うマスク。

 知らない人から見れば、穢多そのものである。


「瀬良寺ちゃんだけじゃないでしょー?」


 サソリは口をとがらせる。

 穢多に変装しているのはサソリ、マギ、リケイカインも同じであった。


「蚊虻教に見つかったらサソリは殺されちゃうと思う。サソリと一緒にいる瀬良寺ちゃんたちも無事じゃ済まないんじゃないかな」

「戦います!」

「蚊虻教の信者、多いよ? さすがの瀬良寺ちゃんたちでもきついと思う」

「ぐぬ……」

「まずは、一緒に戦ってくれる仲間を集める。藩の中にも、蚊虻教を気に入らないって思ってる人たちはいるかんね」

「ぐぬぬ……」


 サソリは藩の実権を取り戻したい。

 瀬良寺は蚊虻教を取り締まりたい。

 マギは蚊虻教から情報を得たい。

 リケイカインはマギと一緒にいたい。

 利害は一致していた。


「しかし私とて公儀祓除人という誉れある立場にありますし、やはり、この格好は……」

「え? なに? 瀬良寺ちゃん、サソリの言うことをきけないの? なんで? どうしてぇ? もしかして、サソリのことバカにしてる? それともサソリが頼りないのかな? ごめんね、サソリが藩を乗っ取られるようなアホな藩主で」

「わわわ! 滅相もございません!」


 たっぷりと圧をかけて瀬良寺を黙らせたサソリ。

 それからサクラに手をあわせて、


「というわけでサクラちゃん、お願いねー。しばらく穢多のみんなに紛れ込ませて。タイミングを見計らって、ここを切り抜けたいんだ」

「もちろんれあります、サソリ様」


 サクラは礼儀正しかった。


     *     *


 かくして一行は穢多に混じり花を育てる仕事を始めた。


「ふふん。余の手にかかれば、この程度の作業どうということもないぞ」


 マギは水やりをしながら胸を張った。


「素晴らしいれす」

「もっと讃えてもよいぞ」


 サクラにおだてられ、マギはますます調子に乗る。

 実際のところ、仕事自体はマギでも難なくこなせるほど単純なものであった。

 植える。

 枯れているものがないかチェックする。

 雑草を抜く。

 その他いろいろとあるが、要するに普通のガーデニングと変わりない。


「マギ、日傘♡」


 リケイカインが大きな葉っぱを差し出す。

 サクラとべったりのマギに焼きもちだからである。


「ええい、暑苦しい! 近寄るでない!」

「うぅ……マギ、好きぃ♡」


 一方、瀬良寺は不安に駆られていた。


 ――はたして穢多どもを信用してよいものだろうか? 褒美目当てに我々を売るんじゃ……?


 杞憂であった。

 穢多の誰もが、なりすましの侵入者を見ても何も言わない。

 むしろ見張り番の目につかないよう、それとなく隠してくれる。


「みんな、ありがとね」


 お礼を言うサソリ。

 だがサクラは首を振り、


「サソリ様がいるもわらしらりに優しくしれくれるかられあります」

「サソリ、藩主になって間もないから、みんなに楽させてあげる改革なんもできてないよ」

「れも、こっそり水や食べ物をくれるのが嬉しいれあります」


 つまるところサソリの人徳であった。


     *     *


 残暑は厳しい。

 きつい日差しが容赦なく労働者に照りつける。

 花に水をやることはできても、見張り番の許可がなければ自分が水を飲むことはできない。


「喉が乾いたぞ。水をよこせ」

「誰だ、許可なく発言したのは!?」


 いかなる状況であろうとマギの態度は変わらない。


「こいつが言ったぞ」


 マギはリケイカインに罪をなすりつけた。

 見張り番がリケイカインを鞭でしばく。


 一方、瀬良寺は弱音を吐くことすらできない。

 プライドが高く、しかも、


「生産性がないやつらに人権はない」


 とのたまった直後なのだ。

 それでも体は正直である。

 疲労と水分不足により、とうとう倒れこんだ。


「おい、貴様! なにを勝手に休んでおるか!」


 見張り番が瀬良寺に近寄る。

 懲罰は避けられない雰囲気だ。

 かつて自分が被疑者を拷問していた頃とまるで逆の状況。

 思わず瀬良寺は苦笑する。

 ところが、


「お待りくらさい」


 見張り番の前にサクラが立ちはだかった。


「どけ! 庇いだてするなら、貴様も仕置くぞ!」

「この者は数日前から股間に異変があっれイボみらいなのがれきれます」

「……つまり?」

「梅毒かもしれないのれす」

「げげっ!」


 見張り番はそそくさと去って行った。

 サクラは瀬良寺の背中をさすりながら、


「もうしばらく我慢しれくらさい。一緒にお花を育れましょう」


 瀬良寺は赤面した。

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