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第038話 双子の教団幹部

 移動を開始したのは、すっかり夜になってからであった。

 昼間は監視の目が厳しくて抜け出すことができなかった。


「そちは疲れていないのか?」


 さんざん労働させられて、くたくたのマギ。

 リケイカインにおぶられながらサクラに尋ねる。


「平気れあります。穢多にろっれは日常れすから」


 その言葉通りサクラの足取りは軽い。


「サクラちゃんがいてくれて助かるな。裏道に詳しいし、優しいし、かわいいもん」


 サソリがサクラの頭を撫でさする。

 照れながらサクラは、


「サソリ様のお役に立れれ、嬉しいれあります」

「謙虚でかわいい! んもう、好き好き好き! 妻ちゃんの次に好きぃ!」

「えへへ」


 穢多は身分をわきまえ、人目を避けて生きなければならない。

 自然と、地理に詳しくなる。

 サクラは人気のない道を選んでいた。

 この時間、この場所で、誰にも出会うはずがなかった。

 ところが……


「あんたら、こんなとこで何やってんの~?」


 見とがめられた。

 前方に赤い髪の子供が立ちはだかる。

 蚊虻教の信者の服装だ。


「正直に言え。手荒な真似をするつもりはない」


 後方には黒い髪の子供。

 その2人はよく似ていた。


「お腹が空いらのれ、食べ物を盗みに行くれあります」


 サクラが機転をきかせた。


「こいつ、めっちゃ正直なんですけど~。ど~する、黒バラ?」

「拙者は信じる。赤ユリ、貴様も穢多を疑わんであろう?」

「ま~ね~」


 赤ユリと黒バラ。

 2人は双子だった。

 まだ子供だが、すでに蚊虻教で幹部を務めていると語る。


「穢多の人たち、いっつもこき使われて大変そうだよね~。そりゃお腹も空くよ。た~んと盗み食いしな~」

「無論、我らは他言などせん。安心せよ」


 赤ユリと黒バラはあっけらかんとした態度をとる。

 不思議に思ったマギが、


「見張り番に報告しないのか? てっきりまた懲罰かと思ったぞ」

「チクリなんかするわけないじゃ~ん。てか、むしろあ~しらは穢多の味方だよ」

「むぅ?」


 双子は貧民の出身だった。

 飢えの苦しみも経験している。

 だが蚊虻教に拾われ、めきめきと出世した。


「蚊虻教は身分を解放する」


 黒バラが力説する。


「出自ではなく能力で人を評価する組織だ。我らが幹部であることこそ、その証拠。ゆくゆくは完全な平等社会を実現するのだ」

「っつ~わけで、あんたらも入信しちゃわな~い?」


 軽いノリで赤ユリが誘う。

 2人の言い分を信じるなら蚊虻教は最高に親切な団体である。


「真に受けない方がいいよ」


 サソリがひそひそ声で、


「数は力。信者を増やしてさ、教団をもっともっと強くして、そしたら御所藩以外の藩も乗っ取れるでしょ」


 マギは何もわからなかったが、とりあえずうなずいた。

 警戒心が強まったことを察してか黒バラは、


「信じられんのも無理はない。とにかく、我らは貴様ら穢多の入信を心待ちにしておる」


 赤ユリと黒バラはマギたちに道を譲った。

 そそくさと立ち去る一行を見送りながら、2人の目は鋭く光っていた。


「赤ユリ、あの者たちに見覚えはあるか?」

「穢多全員の顔なんて覚えてるわけないじゃ~ん。あ、一人いたかも」

「でかいやつか?」

「でかいやつ」

「何者だ?」

「ん~……。思い出せそうで思い出せな~い」

「拙者もだ。念のため、けるぞ」


     *     *


「入信しなくてよかったのか?」


 瀬良寺がサクラに問いかけた。

 サソリにたしなめられて非礼に気づく。


「蔑んでいるわけじゃない。蚊虻教に加勢した方が穢多にとっては有利じゃないかって思ったんだ」

「蚊虻教は言葉らけ親切なのれあります。サソリ様はずっろ前からわらしらりを援助してくれるれあります。らからサソリ様に恩返しするれあります」


 サクラはにっこり笑う。

 サソリもにっこり笑って、


「というわけよ、瀬良寺ちゃん。真心は徒花じゃないの。いつかきっと実を結ぶんだ」


 返す言葉を見つける前に瀬良寺は桜の香りを嗅いだ。

 桜の花が満開に咲き誇る豪邸。

 瀬良寺の実家である。


「夏が終わって春がきたようだな」


 マギは四季の順番を覚えていなかった。

 夏なのに桜が咲いていることには疑問を持てなかった。


「これは万年桜。一年中咲き続ける桜だ。今は夏。ちなみに夏の次は秋だ」


 溜め息をつく瀬良寺。

 それから緊張した面持ちで塀を叩いた。

 扉に開いた小窓から使用人が覗く。


「消えろ、穢多。食いもんなんかやらねぇぞ」

「私だよ。この家の一人息子だ」


 瀬良寺がマスクを取ると、塀の向こうから慌てた声が聞こえた。

 やがて扉が開く。

 数名の使用人が頭を下げてお出迎え。


「お帰りなさいませ、お坊っちゃん」

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