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第039話 実家に帰省

「瀬良寺家は代々、将軍様の侍従を務めてきました」


 彼女は常々、息子に言い聞かせていた。


「私は女ですから、その役目を担うことはできませんでした。しかし、あなたは男子です。いずれ江戸に赴いて、将軍様にお仕えするのです」

「はい、母上」


 子供だった頃の瀬良寺は身体中にアザがあった。

 少しでも言い訳をしたり弱音を吐いたりすれば、即座に母親の折檻を受けたからだ。

 虚ろな目をした子供だった。

 父親はそんな息子を不憫に思い、


「ちょっとくれぇ遊ばせてやったっていいじゃねぇか。ほら、サン。キャッチボールでもすっか?」

「あなたは黙ってて!」


 旦那に対してさえ激情を隠さない女であった。


「瀬良寺家に生まれたのは私です。あなたは婿養子の身。しかも、まだ将軍様にお仕えする前です。この子の教育は私にしかできません」

「家だとか教育だとか以前に、俺もおめぇもこいつの親なんだぜ。愛してやれよ」

「あなたがそれを言える?」

「……」


 険悪な雰囲気はいつものことであった。

 換気をするのは、いつも子供の役割。


「せいっ! うぅ……。せいっ!」


 瀬良寺家に代々継承される棍棒を素振り。

 それが息子にできる精一杯の愛情表現でもあった。

 狙い通り、すぐに母が息子を抱き締めに来た。


「いい子ね。でも、あなたにはまだ早いですよ。いつか父から受け継ぐ時が来ます。そうしたら、この武器のすべての力をきっと使いこなしてみせてちょうだい」

「はい、母上」


 やがて父が江戸に出発する日が訪れた。


「今日が公儀祓除人としての最後の務めだ。引退したら今度は将軍様の護衛だぜ」

「はい、父上」

「いい子にしてろよ、サン」


 だが父は帰って来なかった。

 同僚の公儀祓除人に裏切られ、殺されたのだ。


     *     *


「お坊っちゃま、本当に穢多を家に上げるのですか!?」


 実家に帰省した瀬良寺。

 何の躊躇もなくサクラを屋敷に入れた。

 使用人たちは困惑していた。


「母上様に怒られますよ」

「むぅ!」

「……どうした、小僧?」


 マギは玄関で仁王立ちしていた。

 一人ではブーツを脱ぐこともできないバカだった。


「いいから、脱がしてやれ」


 瀬良寺の指示に使用人は頭を抱えて、


「嘘でしょぉ、お坊っちゃま」

「そいつは貴族だ」

「へぇ!?」


 マギはふんぞり返って、


「余は公爵ぞ!」


 そんなこんなで一行は屋内に入った。

 久々の実家。

 瀬良寺は感慨に耽りながら廊下を歩いていた。

 すると……


「はっ!」


 天井から、何者かが急襲を仕掛けてきた。

 瀬良寺めがけて竹刀を振るう。


「ただいま戻りました」


 瀬良寺は挨拶しながら棍棒で竹刀をあしらう。

 竹刀を握るのは、女。

 背筋をぴんと伸ばし、目つきは鋭い。

 喪服に身を包んでいる。


「お久しぶりです、母上」


 瀬良寺は頭を下げる。

 相対するのは実の母親。


「穢多に成り済ますとは何事ですか。瀬良寺家の長子としての誇りを持ちなさい」

「……はい、母上」

「技量の向上は認めます。妖怪との戦闘経験がいきているようです。ただちに公儀祓除人の職を辞し、家業を継ぎなさい」


 はい、母上……と言いそうになるのを、ぐっとこらえる瀬良寺。

 逆らえば痛くされる。

 トラウマが体を強張らせる。

 しかし状況が状況である。

 ちらっとサクラを見て勇気を振り絞る。


「母上、話をお聞きください。私は蚊虻教を制圧するつもりです」

「却下します。藩内のごたごたなど、あなたに関係ありません」

「母上! 藩が乗っ取られているのですよ!」

「知っています」

「それでも戦ってはいけないとおっしゃるのですか?」

「江戸に出立する準備をなさい」


 けんもほろろであった。


「どうしても私の話を聞いていただけませんか?」

「分をわきまえなさい! あなたは瀬良寺家の――」

「こちらの方々の話なら聞いていただけるでしょう」


 瀬良寺は切り札を使った。


「ご紹介します。御所藩主にして男爵・風詠かざよみサソリ様。松山藩後継候補にして公爵・大工部だいくべマギ様です」


 サソリとマギがマスクを外す。

 あっけに取られる母親。

 瀬良寺は畳み掛けるように、


「母上、お願いします」

「……説明してもらいましょう」

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