疫病への対応で忙しい日々を送っていたアルシェナールだったが、王都では義妹エリゼの破滅の兆しが徐々に表面化していた。彼女の派手な浪費癖と無計画な金銭管理が、侯爵家の財政をさらに圧迫していたのだ。
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その日、アルシェナールは診療所で患者の治療を終え、短い休憩を取っていた。そこへアシュレイが現れ、いつもの穏やかな笑みを浮かべながら声をかけた。
「アルシェナール、また面白い話を聞いたよ。」
「面白い話?何のこと?」
彼女が問い返すと、アシュレイは手にしていた書類を広げて見せた。それは王都での噂や貴族間のやり取りを記録したものだった。
「君の義妹エリゼ嬢が、侯爵家の財産を使って派手な夜会を開き続けているそうだ。そのせいで、侯爵家の財政が破綻寸前らしい。」
アルシェナールは一瞬だけ驚いたような表情を見せたが、すぐに静かに微笑んだ。
「そう。彼女らしいわね。でも、それが私にどう影響するのかしら?」
「直接的には影響しないだろう。ただ、興味深いのは、彼女が疫病対応のために割り当てられた資金を夜会に流用したという噂だ。」
「……それは重大な問題ね。」
アルシェナールはアシュレイの言葉に眉をひそめた。疫病の対応は王国全体に関わる重要な課題だ。その資金が私的な目的で使われたとなれば、貴族社会における信用は失墜するだろう。
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その後、アルシェナールは侯爵家の状況をもう少し詳しく知るため、かつての侍女だった知人に密かに連絡を取った。数日後、彼女から届いた手紙には、エリゼがどれほど無謀な振る舞いをしているかが詳しく記されていた。
「疫病対策のために割り当てられた予算のほとんどを豪華なドレスや宝石に費やしている……。しかも、それを隠すために偽の帳簿まで作らせている?」
手紙を読み終えたアルシェナールは、呆れたようにため息をついた。
「自分で自分の首を絞めているようなものね。」
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その一方で、エリゼ自身は自分の行動がどれほど危険なものかに気づいていなかった。彼女は毎晩のように夜会に出席し、侯爵家の婚約者として周囲に自分の存在感を誇示していた。しかし、その派手な振る舞いは、貴族たちの間で次第に軽蔑の対象となっていた。
「エリゼ嬢、あまりに目立ちすぎるのではありませんか?今は疫病で王都全体が大変な状況なのですから……。」
ある夜会で、彼女に近づいた公爵夫人が控えめに忠告した。しかし、エリゼは鼻で笑い飛ばした。
「そんなこと、私には関係ありませんわ。私は侯爵家の婚約者として、この場にふさわしい華やかさを保つ義務があるのですから。」
その態度に、公爵夫人は呆れた表情を浮かべ、他の貴族たちも遠巻きに彼女を冷ややかに見ていた。そんな空気に気づかないエリゼは、ますます自分の立場を悪化させていることに無自覚だった。
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一方で、アルシェナールのもとには新たな知らせが届いていた。侯爵家に対する不信感が高まり、王宮での評議でエリゼの行動が問題視されているという話だった。
その日の夕方、アシュレイがその話を持って診療所にやってきた。
「アルシェナール、面白いことになってきたよ。どうやら君の義妹が、王宮から正式に呼び出されるらしい。」
「呼び出される……?」
「そうだ。疫病対策の予算流用が疑われているらしい。証拠が揃えば、彼女も侯爵家も厳しい立場に追い込まれるだろう。」
アルシェナールは少しだけ考え込んだ後、静かに口を開いた。
「自業自得ね。でも、私には関係のないことだわ。」
その言葉には、冷たい響きが含まれていた。かつて家族として過ごした者たちへの情は、もう微塵も残っていなかった。
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その夜、アルシェナールは市場で買った安いワインを一杯だけ飲みながら、夜空を見上げていた。星々が瞬く空を眺めながら、彼女は小さく微笑む。
「ざまぁ、ね……。」
静かな夜の中で呟いたその言葉は、確かな自信と未来への期待に満ちていた。
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