エリゼの不正が発覚し、義妹が侯爵家から追放されるという事態が王都中に広まると、次にその余波を受けたのは元婚約者レオナルドだった。彼は公爵家の当主として、エリゼと共に背負った失態を取り繕うことができず、徐々に追い詰められていった。
その日、アルシェナールは診療所で新たな薬草の調合を進めていた。そんな中、アシュレイが現れ、持ってきた手紙を彼女に手渡した。
「アルシェナール、この手紙を読んでくれ。少し面白い内容だよ。」
彼の言葉に、アルシェナールは怪訝な顔をしながら手紙を開いた。そこには、レオナルドが現在窮地に陥っているという内容が記されていた。
「……エリゼが追放されたことで、彼も信頼を失ったのね。」
彼女は冷静な声でそう呟いた。手紙によれば、レオナルドはエリゼが行った不正の責任を問われ、公爵家全体が貴族社会で孤立しているということだった。
一方、レオナルドはというと、王宮や貴族たちからの圧力に耐えきれず、日に日に疲れ果てた様子を見せていた。公爵家の財産はエリゼの浪費で大幅に減少し、さらには彼自身の判断力も疑問視されていた。
「なぜ、あのような女を選んでしまったのだ……。」
彼は自室で一人、悔しさに苛まれながら呟いた。エリゼを婚約者に選んだことで、侯爵家も公爵家も共に転落の道を辿る結果になったことを、ようやく実感し始めていた。
その時、ふと頭に浮かんだのは、かつての婚約者アルシェナールの存在だった。
回想:アルシェナールとの日々
レオナルドは、アルシェナールとの婚約期間中の出来事を思い出していた。彼女はいつも冷静で知的、そして思慮深く振る舞っていた。家族や公爵家の名誉を第一に考え、堅実な判断を下していた彼女の姿は、今思えば公爵家にとって理想的な当主の伴侶だった。
しかし、その魅力に気づくのが遅すぎた。
「どうして、あの時の僕は彼女を捨ててしまったのか……。」
エリゼの軽薄な態度に惑わされ、自分の愚かな選択が今の状況を招いたと理解した時には、すでに全てが手遅れだった。
アルシェナールとの再会を求めて
レオナルドは、自らの苦境を脱するための道を模索し始めた。彼にとって唯一の希望は、アルシェナールに許しを請い、もう一度やり直すことだった。
ある日、彼は使者をアルシェナールのもとに送り、面会を求める手紙を届けた。その内容は、彼女への謝罪と、自分の愚かさを認める言葉で綴られていた。
診療所での再会
手紙を読んだアルシェナールは、ほんの少しだけ考え込んだが、やがて面会を承諾した。彼女は冷静だったが、どこか興味を抱いているようにも見えた。
指定された日に診療所を訪れたレオナルドは、以前の威厳ある姿とは異なり、疲れ果てた表情で立っていた。
「アルシェナール……久しぶりだ。」
彼の声にはかつての自信は感じられず、どこか弱々しさが漂っていた。アルシェナールは冷静な表情で彼を見つめ、短く答えた。
「何のご用でしょうか、公爵様?」
その冷ややかな言葉に、レオナルドは思わず目を伏せた。
「僕は……間違っていた。君を捨ててエリゼを選んだことが、どれだけ愚かなことだったか、今になってようやく気づいたんだ。」
「それで、今さら私に何を望むというのですか?」
アルシェナールの言葉には、冷たさと同時にかすかな怒りが込められていた。
「君とやり直したい……。僕を許してほしい。もう一度……いや、君なしでは僕は……。」
必死に訴えるレオナルドだったが、アルシェナールは微動だにせず、彼をじっと見つめた。
「許してほしい……ですか?」
彼女は淡々とした声で言葉を続けた。
「あなたが私を捨てた時、私はすべてを失いました。でも、そのおかげで、自分の力で生きていく道を見つけることができたんです。今の私に、過去を振り返る理由はありません。」
その言葉に、レオナルドは絶望の表情を浮かべた。
別れの時
アルシェナールは最後に冷たく微笑むと、一言だけ付け加えた。
「どうか、お元気で。」
そう言い残して診療所に戻る彼女の背中を、レオナルドはただ見送るしかなかった。彼の中で、失われたものの大きさを改めて痛感しながら。