ある日、アルシェナールの薬草店を訪れたのは、見慣れた顔のアシュレイだった。彼は店内を見渡しながら、軽く手を振って声をかける。
「おはよう、アルシェナール。少し話したいことがあってね。」
彼の落ち着いた声に、アルシェナールは作業の手を止め、椅子に座るよう促した。
「また面白い話でも持ってきたの?」
「いや、今回は少し真面目な話さ。君にとっても重要なことだ。」
アシュレイは真剣な表情を浮かべ、鞄から一通の封書を取り出した。それは王宮からの正式な招待状だった。
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「王宮からの招待……?」
アルシェナールは招待状を受け取り、中身を確認した。そこには、王国全体で進められている疫病対策プロジェクトに彼女の協力を求める旨が記されていた。
「これは……大役ね。」
彼女はそう呟きながらも、迷いの色を隠しきれなかった。王宮の正式なプロジェクトに参加するということは、それだけの責任を伴う。さらに、宮廷という場所は彼女にとって良い思い出のない場所でもあった。
「君ならできるよ。」
アシュレイが静かに言葉を続けた。
「君が作り出した薬や、君の知識がどれだけ多くの人々を救ったか、王宮も認めている。君の力が必要だってことさ。」
「でも、私にその役割が務まるかしら?」
「君だからこそだよ、アルシェナール。君は、自分の力で這い上がり、ここまできた。それを知っている人間は、みんな君を信頼している。」
アシュレイの言葉には、確かな信念が込められていた。アルシェナールはしばらく黙り込んだが、やがて静かに微笑んだ。
「分かったわ。私にできることがあるなら、全力を尽くす。」
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数日後、アルシェナールは正式に王宮へ赴き、プロジェクトに参加することを決めた。そこでは王族や貴族だけでなく、専門知識を持つ学者たちも集められていた。彼女が会議室に足を踏み入れると、その場にいた全員が彼女を注目した。
「これが、噂のアルシェナール・エルディナか。」
ある高位貴族が小声で囁く。その声には、かつて彼女を見下していた貴族たちの驚きが含まれていた。
アルシェナールは落ち着いた表情で席に着くと、会議が始まった。彼女の提案した薬草の利用法や予防策は高く評価され、議論は順調に進んでいった。
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会議が終わり、控え室で一息ついていると、アシュレイが現れた。彼は微笑みながら彼女に近づき、静かに話しかけた。
「君の提案、みんなが感心していたよ。」
「ありがとう。でも、まだやるべきことは山積みね。」
「その通りだ。でも、君ならきっとやり遂げられる。」
アシュレイの信頼の言葉に、アルシェナールは静かに頷いた。彼女の目には、これから自分が歩むべき道がはっきりと見えていた。
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その夜、アルシェナールは久しぶりに静かな時間を過ごしていた。窓の外には満天の星空が広がり、その輝きが彼女の心を落ち着かせてくれた。
その時、控えめなノック音が響き、アシュレイが部屋を訪ねてきた。
「こんな時間にどうしたの?」
彼は少しだけためらいながらも、真剣な表情で口を開いた。
「アルシェナール、君に伝えたいことがある。」
彼の声には、いつもの軽快さではなく、どこか緊張感が漂っていた。その様子に、彼女は驚きながらも椅子を勧めた。
「改まって何かしら?」
アシュレイは一瞬だけ目を伏せた後、彼女の目を真っ直ぐに見つめた。
「僕は……君のことをずっと支えていきたいと思っている。ただの協力者としてではなく、君の隣にいる存在として。」
彼の言葉に、アルシェナールは驚きで目を見開いた。だが、彼の真剣な表情を見て、次第に微笑みが浮かび始めた。
「それは……告白かしら?」
「そうだ。僕は君に本気で惹かれている。」
彼の直球の告白に、アルシェナールは一瞬言葉を失ったが、やがて静かに口を開いた。
「ありがとう。私も……これからの未来を共に歩む人が必要だと思っていたわ。」
その答えに、アシュレイは安心したように微笑み、静かに手を差し出した。アルシェナールはその手を取り、新たな一歩を共に踏み出す決意をした。