やってきたのは、剣を腰に差した、徒歩の男。
さきほどの声は、この男のものだったらしい。
さらには、小綺麗な服を着て馬に乗った少女も一緒だ。
「おい、奴隷のガキ。さぼってるんじゃないぞ。水を汲んでおけと言ったはずだ」
厳しい声で言う男。
「ガルニ、そうでかい声出しちゃだめー。私がびっくりするでしょー」
馬上の少女がそう言う。
見た目は十代後半くらいだろうか。
馬に乗っているから判別しづらいが、ココよりもさらに一回り小柄な女の子だ。
ココと違って、随分ときれいな服を身に着けている。
頭上には例のステータスらしきものが見えた。
●C
▲A
■A
✿A
★B
「いや、しかし姫様……」
渋い顔で言うガルニ。
その頭上にも。
●A
▲A
■B
✿E
★D
いったい、これは何のステータスなんだろうな。
すごく知りたい。
この世界の人物ってみんな頭上にこういうステータスが見えるんだろうか。
もしかして、俺にも?
姫様は屈託のない笑みでココに話しかける。
「まあまあ。でもなんというか、奴隷ちゃん、もしかしたらその人彼氏? すっごーい! ガルニも早く嫁貰いなよー。あなた来年60歳でしょ? 今年がラストチャンスだよ!」
うーん、59歳で言うほどラストのチャンスあるかなあ?
いやでも年相応のいい縁というのもあるよな。
と、そこで姫様が今度は俺に話しかけた。
「で、そこの彼氏さんはどこのどなた? このへんの人じゃなさそうだけど。その子、奴隷だよ? いいの? まだまだ働いてもらうつもりだから、子どもはつくっちゃだめよ? そんなことしたらめっだからね、めっ」
「いやいや、俺の年齢でこんな子に手をだしたら犯罪でしょ」
思わずそう言ったけど、姫様は不思議そうな顔をする。
「え? いやお似合いの年齢に見えるけど……?」
なるほど、女神様からもらったこの身体はそのくらいの年齢らしい。
ココは見た感じで言うと中高生くらいの年齢だろうし、じゃあ今の俺の身体はせいぜい高校生くらいの身体かな?
「ま、いいけど、あなた、これから時間ある? 奴隷ちゃんの彼氏ならさ、いろいろ恋バナ聞きたいし! あ、一応胸元見せてくれるかしら?」
「胸元?」
なんだ、この姫様。
もしかしたら権力にあかせて男に胸を晒させまくっている変態姫様か?
「そう、その襟ぐりをまくって胸元を見せてちょうだい。大事でしょ? ……なんでそんなびしょ濡れなの……? なんか珍しい服だし……」
「びしょ濡れにはワケがあるけど……なんで胸元だよ」
ガルニが厳しい声で言う。
「いいから早く見せろ! それがこの土地のルールだ」
なんだよ、土地ごと変態なのかよここ。
まあいいや、びしょ濡れだから脱ぎたかったところだ。
俺は無造作にパーカーを脱いだ。
下にはTシャツを着ている。
その襟ぐりをぐいっとひっぱって胸元を見せる。
「これでいいのか?」
乳首まで見せろって言われたらどうしよう……。
いや俺は男だから別にいいんだけど。
でも男だからと言っても乳首を見せろと言われて乳首を見せるのって、なんか、こう、別の意味が発生してやばいよな。
とか思っていると。
姫様とガルニは俺の胸元を見、そして顔を見合わせて頷いた。
「うん、自由民みたいだね。魔物が変装しているとも思えないし。うふふ、お茶をごちそうしたげるから、うちに寄っていってね。おいでおいで。いろいろ聞きたいから! 奴隷ちゃんも今日はもういいから、おいでおいで!」
姫様は馬上から歌うようにそう言うと、機嫌の良さそうな笑顔で馬の頭を巡らせた。
……俺は気づいていた。
姫様が俺の胸を確認していたとき、ココが俯いて自分の胸元を抑えているのを。
自由民、か。
奴隷であるココの胸元にはきっとなにかがあるのかもしれない。
そう。
いろいろ聞きたいのは俺のほうだ。
この世界についてなにも知らないのだから。
俺はまだこのときには気づいていなかった。
ココとシュリアとの出会いが、俺がこの世界を救う英雄となる第一歩だったことを。