大きな屋敷だった。
その屋敷から張り出した、馬鹿広いウッドデッキテラス。
そこに俺たちはいた。
よく磨かれたテーブルを挟んで、俺は姫様と向かい合せに座る。
腰に剣を帯びたガルニは、姫様の後ろに立って眼光鋭く俺を見ている。
まあ俺は突然現れた不審者だろうからな。
若い姫様の思いつきで俺は招かれたわけだが、ガルニからすれば見張りの対象に違いないだろう。
ココも同じテーブルに座ろうとして、
「こらっ! 奴隷はこっちだ!」
とガルニに怒鳴られていた。
「私は貴族の娘ですわ! ライラネック家のココ・ライラネックですのよ!」
「わかった、わかった。お前、姫様だから許されているんだぞ。ほかの家だったら今頃殺されてるところだぞ。いいからそっちに立ってろ、そっちに」
ココってまじで奴隷なのかよ。
で、自分を貴族の娘って言い張ってるのかよ。
それを苦笑して見ている姫様。
ほんと、ガルニの言う通り、もしこの子が残虐な性格をしている姫様だったならば、ココの首が飛んでいてもおかしくない所業ではある。
椅子に座って周りを見渡すと、平原が広がっていて、畑が見える。麦のような作物が実っているようだ。遠くには背の高い山々が見える。
空気は乾燥していて、やさしく吹く風が俺の服をすぐに乾かしてくれた。
二十代前半くらいの、綺麗な顔立ちをしたメイドが俺たちのカップに紅茶を注いでくれる。
「ありがとう、ニッキー」
メイドにお礼をいう姫様。
使用人にもやさしいタイプなんだろうな。
俺はカップを手に取る。
うーん、紅茶の香りがすごくいい。
日本にいたときはドラッグストアで売ってる一番安いティーバッグしか飲んだことないからな。
香りからして全然違う。
しかもケーキ付きだ!
やったぜ。甘いものは好きなんだ。
姫様は紅茶を一口すすって、「あちっ」と声を上げ、俺を見て恥ずかしそうに笑った。
「さて、私から自己紹介するね。私はシュリア。シュリア・キラミドア・キャルルっていうの。このあたり一帯の領主の娘よ。貴族の階級で言うと銀等級よ」
ふむ、貴族にもそれぞれ階級があったりするよな。銀って上から数えてどのくらいだろう?
シュリアは続けて、
「ま、今は領主であるお父様とお母様は、首都の方へ用事で出かけていて留守だけどね。女王陛下に謁見するそうよ。すごいでしょ。兵も連れて行ったんだけど、戦争には参加しないように祈っているわ。で、あなたは?」
「俺の名前は小林友樹っていいます」
領主様の娘相手となると、一応敬語使ったほうがいい気がする。
「コバヤシ・トモキ、ね。コバヤシがファーストネームでいいの?」
「いや、トモキがファーストネームです。俺の国……日本ではそういう風習なので」
「ニッポン……聞いたことないわね。どういう国なの? まさか……共和国派じゃないわよね?」
共和国派?
なんだそれ?
「共和国派とはなんですか?」
「決まってるでしょ、自分たちの王様を反乱で死刑にして、反乱軍が国を乗っ取った、隣国のやつらとそのシンパのことよ。結局、執政賢者が独裁してるんだけど。なんと、数多くいらっしゃる神様の中でも、あのグドルド神を信仰しているって言うじゃない! 我が国の女王陛下もあいつらの野蛮さには懸念を示していらっしゃるわ」
あのグドルド神と言われてもどのグドルド神なのかはさっぱり知らんけど、それはともかくとして。
なるほど、この国には女王様がいるわけか。
「で、トモキ。あなたの日本という国のトップはどんな人なの? まさか、共和国の執政賢者みたいな、神様の系譜じゃない庶民出身だったりしないわよね? 国のトップというものは神様に選ばれた神聖なるお方しか務まらないものでしょう?」
なるほど。
まあ、そういう文化がある世界ということか。
ココみたいな奴隷がいるところから見ても、現代日本の倫理観からするとズレているところが多々ある世界である可能性がある。
返答は慎重にしなければな。
うん、ここは正直に答えよう。
話を聞いている限り、多神教の世界みたいだし、きっと、この姫様――シュリアの好みにあうはずだ。
「とある女神様の子孫が代々国をおさめているのです。我々は天皇陛下とお呼びしています。日本が国として成立して以来2700年近く、それは変わりありませんでした」
「まあ! 2700年って言ったら、すごいわね! 我が国でもまだ300年なのに」
「そして、その天皇陛下が民衆に選ばれた人間に政治を任せています」
「なるほどなるほど」
と言って、シュリアは紅茶をふーふー吹いてからずずっと飲む。
姫様っていうわりには優雅さはないな。
ま、そこが親しみやすくも感じるけどさ。
「つまり、日本は我が国と同じ王政ってことで、いいのかしら?」
「そうですね。君主制をとっております」
現在の日本は立憲君主制に近いけどね。正確に言うと象徴天皇制だ。
俺だって今の外見はともかく、中身は35歳の男だ。このくらいは説明できる。
「我がリエーニ王国も、300年前、女神様の子孫と認められた、神聖王が建国した王国なわけだし、そっくりね! 私ね、女王陛下にお会いしたことがあるの! 私より年下でいらっしゃるんだけど、もう、オーラが違うわね。こんな戦乱の時代だけど、あの素晴らしい女王陛下はきっとこの国に平和をもたらしてくださるわ」
「戦乱の時代?」
「ん? そうでしょ? だってあちこちで戦争だらけだもの。魔王軍との戦いも長引いているし」
「え、このあたりは大丈夫なんですか?」
シュリアは俺が異世界転生してきたとまでは思っていない。ただの外国人だと思っているようだ。
だから、俺が世界情勢を当然知っているものとして話してくる。
「今のところはね。戦線は西に100カルマルト向こうだし。でも、いつどうなるか……。ごめんね、私はニッポンってどこにあるか知らないんだけど、そこは魔王軍に攻め込まれていないの?」
「今のところは戦争もなく平和でしたが」
「そう、いいわね。ふふふ。もっといろいろ聞きたいわね。ニッキー、お茶のおかわりを……」
シュリアが言いかけたときだった。
突然、俺の目の前からケーキが消えた。
あれ、せっかく今食べようとしていたのに!
っていうか、消えたのではなく……。
「こら、ミラリス! それはお客様のよ!」
テーブルの下から、手が生えてきて俺のケーキを奪い取ったのだ。
かがんで覗いてみると、そこには女の子がいた。
ショートカットでシュリアと同じ赤髪の、かわいらしい子どもだ。
十歳くらいかな?
その少女は俺と目が合うと、
「えへへへー」
と笑う。
頭上にはステータス。
●E
▲D
■E
✿D
★C
うーん、全体的に低いな。
まだ子どもだからか?
やっぱり、なんらかの能力値を示しているのだろう。