「ごめんなさい、この子、私の妹なの……ほら、ちゃんとご挨拶しなさい!」
「ちょっと待って、これ全部食べてから!」
テーブルの下でしゃがみ込みながらケーキを口の中におしこむミラリス。
俺のケーキが……。
「こらっ! もー……。ニッキー、お客様のケーキをもう一つ。ほらほら、ミラリス、食べ終わったなら挨拶!」
ミラリスはもぞもぞとテーブルの下から這い出てくる。
シュリアと同じ赤い髪の色。
小学校高学年になったかならないかくらいの年齢に見えた。
ミラリスはスカートのはしをちょこんとつまむと、膝を少し折って挨拶する。綺麗なカーテシーだ。
「私、ミラリス・ネロリア・キャルルと申します。以後、お見知りおきを」
「俺は小林友樹だ。よろしくな」
「あら、ミラリス、挨拶の仕方が上手ね。意外だわ」
シュリアが驚いた顔でそう言う。
「えへへ! ココちゃんに習ったの! ココちゃんは貴族だから、こういうの詳しいんだよ!」
それを聞いて、シュリアは困ったような笑顔を浮かべる。
粗末な服を着て立っているココは少し誇らしげに胸を張った。
……胸、でけえな……。
着痩せするタイプだよな。
いやそれよりも。
「ふふふ。そうなのですわ! 私はライラネック家の娘、ココ・ライラネックですのよ! さあお友達のココちゃん、私にもケーキをくださらないかしら?」
ココが自信たっぷりの笑顔で言った。
そのとき、メイドのニッキーが新しいケーキを持ってくる。
「はーい! お兄ちゃん、これ頂戴!」
「あ、こら……」
ミラリスはせっかく運ばれてきた俺のケーキを皿ごとテーブルから持ち去ると、ココのところへ持っていった。
「んまあ! おいしいですわ。さすがキャルル家のケーキ!」
……やりたいほうだいだな、この奴隷。
どんな神経していたら奴隷の身分でこんなことできるんだ?
ある意味尊敬するよ。
シュリアはため息をひとつ吐き、苦笑いして言う。
「もう、仕方がないわね。ニッキー、ケーキをもう一つお願い! ……まあ、いいのよ。いつものことだから。私には奴隷の気持ちなんかわかりっこないわ」
ちなみにシュリアの背後に立っているガルニはココの振る舞いが許せないらしく、わなわなと震えながらココを睨みつけている。
いや、まじでシュリアが主人じゃなかったら、ココは死んでるよな……。もしくは別の意味の奴隷にさせられるとか。
「えへへへー!」
子供らしい笑いを見せながら、トトト、とミラリスが俺の元へと近寄ってくると、内緒話をするように俺の耳に口を寄せる。
「あのね、あのね、ココちゃんはほんとは私たちと同じで、貴族のお姫様なんだって! でもね、でもね、お姉ちゃんは信じないの。お父様とお母様は、ココちゃんが頭のおかしい子だって言うの! でもさー、私はほんとだって思うの! だってねだってね、ココちゃんはお友達だし!」
秘密話を俺に打ち明けたあと、ミラリスはテーブルを回って姉の下へ。
「ねーねー、お姉ちゃん、ジュースないの、ジュース!」
「まったくこの子ったら……。もーいつもかわいいわね! たまんないわ! ニッキー、この子のためにジュース作ってあげて。ほら、果物があったでしょう?」
「やったー! お姉ちゃん、大好きー!」
「ふふ、私も好きよ、おちびちゃん」
太陽の光は強いが、その分、さわやかな風がテラスに流れ込んできて心地いい。
そんななか、姉妹が仲良くしている姿を見ているとほっこりするなあ。
それよりも、今ミラリスが教えてくれたことってどういうことだ?
ココは自分のことを貴族だと思い込んでる?
ちらっとココを見る。
ボロボロの粗末な服に、あかぎれだらけの手。
ケーキを食べながら、姉妹が仲睦まじくじゃれあっているのをニコニコと見ている。
そういや、初対面のとき、ココはスカートをつまんでカーテシーしていたな。
奴隷の所作ではない。
そんな心のうちを読んだのか、シュリアが言った。
「奴隷ちゃんはね、十年以上前の戦争のとき、戦災孤児となって奴隷として売られたの。で、父がかわいそうに思って買ってきたのよ。もともと普通の農家の家の子だったって聞いたわ……今の所有権は私にあるんだけどね。誕プレのひとつだったの。こんな子をもらってもねえ……。めんどくさいし、うるさいことは言わないことにしてるのよ」
その言葉は別にヒソヒソ声でもなかったし、近くにいるココにも聞こえていただろう。
でも、ココはまだニコニコしてミラリスを見ている。
「本当のことは耳に入らないようなのよ」
ため息をついて、おかわりの紅茶を口に運ぶシュリア。
なんか複雑そうだな……。
つまりその、ココは……頭がどうかしてるってことか……。
だが俺はまだ気づいていなかった。
ココが最も『どうかしてる』のは、頭じゃなくて、その能力だということに。