それに、ココは戦災孤児なのか……。
ってことは戦争で家族を失ったってことだよな?
それで、自分の心を保つために『自分は貴族の娘だ』っていう嘘を信じ込んでいるってことか?
平和な現代日本で暮らしてきた俺には、何を言う資格もないような気がして、黙って紅茶に口をつける。
豊かな香りと口の中に広がる味わい。
うまい。
そうとう高級な茶葉だな。
たぶん、奴隷が飲める代物ではないだろう……。
と、思ったら。
ミラリスが自分の分のカップに自分で紅茶ポットからお茶を注ぎ、
「えへへー! はい、ココちゃん! お茶もどうぞー!」
「あらかわいらしいメイドさんね。ありがたくいただくわ」
ココは堂々とお茶を飲んでいる。
主人の妹をメイド代わりにしてお茶を運ばせるとか、ほんとフリーダムな奴隷だな。
ガルニなんか、もう顔を真っ赤にして怒ってるぞ。
なんなら今にも剣を抜きそうな勢いだ。
「うふふふ。亡命してきたから仕方がないとはいえ、この服はちょっとねえ。ミラリスちゃん、ちょっと姉上様に私の素敵なドレスをお願いしてくれませんか?」
「うんわかったー! お姉ちゃん、ココちゃんが服がほしいんだってー!」
ついにガルニの堪忍袋の緒が切れたみたいで、大声で叫んだ。
「ミラリス様! 調子にのってはいけません! こら、奴隷、お前もそろそろいい加減にしないとたたっ斬るぞ!」
ビクッとするココ。
とりあえず手にもった紅茶を一気飲みし、ケーキも喉に詰め込むようにして食べてから、すました顔で外を見て、
「ふふ……素敵なお庭……。麦畑もあんなに実って素敵な土地ね……」
などと意味不明の供述をしており、ガルニはさらに怒って、
「今日の夜の仕事は増やしてやるからな! 寝ないで水汲みだ!」
シュリアがたしなめるように言う。
「ダメよ、意地悪しちゃ。それに、傷つけたり痛くしたりするのもやめてね。奴隷ちゃんは私のものなんだからね」
「し、しかし、最近度が過ぎておりますぞ。ちゃんと教育をせねば!」
「それはそうね……。でも、意地悪はしちゃだめよ」
そのとき、ミラリスがまた俺のもとへとやってきた。
「えへへーお兄ちゃんの服、変な形してるー!」
35歳にして、こんな小さな女の子からお兄ちゃんと呼ばれるなんて、なんか感動だぜ。
「変な生地の服ー!」
とか言って俺のパーカーの裾をひっぱってまじまじと見ているミラリス。
物怖じしない子だな。
その分、それがかわいく感じる。
きっと両親に愛されて育ったんだろう。
両親か……。
俺はもう一度ココの顔を見る。
と、その時だった。
突然、ココが空を指差して叫んだ。
「救世主様、救世主様! ドラゴンが……」
「は?」
俺も空を見上げる。
さっきまで眩しいほど俺たちを照らしていた太陽の光が、なにか大きな影に遮られていた。
これは……なんだ?
四枚の異形の羽、長い首に長い尻尾。
とんでもないデカさの『なにか』が空を飛んでいたのだ。
そして、その『なにか』の傍らにはステータス。
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★K
なんだ?
この世界はこんなのが空を飛んでいるのが普通の世界なのか?
しかし、俺がシュリアの顔を見たとき、すぐにそうではないことがわかった。
シュリアは真っ青な顔でカップを床に取り落としたからだ。
次の瞬間、控えていたガルニがシュリアを後ろから抱きかかえた。
「あれは火を吹きます! 地面に伏せてください! 客人! ミラリス様を!」
それを聞いて、俺の身体は即座に動いてくれた。
そばにいたミラリスの身体を抱え、ガルニにならってテラスを降りる。
火を吐くっていうのなら、こんな木造の家の近くにいてはいけないと思ったのだ。
庭に降りる。
頭上で、コォォォォっという音が聞こえた。
見上げると、ドラゴンが屋敷に向けて大きく口を開き、大きく息を吸い込んでいた。
やばい。
俺はミラリスを抱いたまま、なるべく遠くへ逃げようとダッシュする。
だけど、花の植えこみに足を取られてしまった。
やばい、転ぶ!
ミラリスをぎゅっと抱きしめたまま、俺は地面に倒れ込んだ。
少女の頭部を守るように両腕で抱える。
次の瞬間、
「ゴァァァァァッ!」
という大音響とともに、屋敷へと火炎放射機のような炎が放たれた。